幕間


 ―――  ―――  ―――



「ふ〜、よ〜やっと一冊分ですか。
 物書きってのも楽じゃないですねえ」


 深夜も二時。
街の灯りも落ちる頃合いになって、ようやく僕は筆を置く。
先祖代々の「お仕事」の記録も、僕の代にもなると、そろそろ紙が痛んでくる。
そこで初代様から順にまとめ直していたのだけれど、これが中々面白い。
興が乗ってしまい、ある事ない事書き足したりしたのを別に作ることにした。

 その第一冊目が、コレ。
先々代……僕のお祖父様の代の記録のうち、再初期のもの。
色々と詳細なところまで書いていて、再編集は比較的楽だった部類のものだ。
描写が詳しいということは、僕の興味も良くソソられるということで


「しかしまあ、お祖父様もトゲトゲしていたものです。
 何処のチンピラかと……っと、あの辺りの言動は、じっさい記録に載ってた書き口から推量したものですよ?
 100%僕の勝手な解釈というわけではないのです。一応」


 というか、僕は一体誰に対して言ってるんですかね?


 と、益体もないことを考えていると、パタパタという可愛らしい足音が近づいてきた。
足音はこの部屋の前で止まって、一拍おいて、コンコンとノックの音。


「お兄ちゃ〜ん、まだ起きてる?」

「はいはい、起きてますよ〜。
 でもその呼びかけは軽く不穏なので、以後気をつけてくれるとありがたいです」


 仕事柄、他の女の匂いは幾らでも付けてきますからね。


「そっか、それじゃあ入るね?」


 行儀よく、一言ことわってから入室してきたのは、小柄な……というか、小さな女の子。人でいったら、幼等学校の三年か四年くらいですかね。
人でいったら、と言うからにはモチロン人じゃありません。
というか、この屋敷に住んでるヒトは僕しかいませんしね。

 肌の色は、濃い黒色。
あどけない表情を作る大きな眼は、宝石が埋もっているかのような、白目の無い不思議な輝きを帯びている。
肌の色とは対照的な白いネグリジェを一枚着ていて、足は裸足。

 ……そうそう。
色が濃いからわかりづらいですが、素肌を晒しているところでは向こう側の景色が透けています。
そこにいたのは、爪先から髪の先まで完璧に形成した、ダークスライムの少女。
いえ…この体格、まさに「 幼 女 」と呼ぶに相応しい!!


「あのね、お兄ちゃん。
 私、ちょっとその……オナカ、減っちゃって?」

 イタズラっぽく微笑んで、小首をかしげる仕草。
東洋人のような芯の太い黒髪が、ゆったりと共に揺れるのもまた可愛らしい。
テヘペロが許されるのは中学生までですよね〜


「それで夜這いですか。……てことは、僕が寝てたら無理やり部屋に押し入ってましたね貴女。
 というか、お兄ちゃんお兄ちゃん呼んでくれるのは男の子として大変喜ばしいのですが、貴女の方が年上でしょう。むしろ、血縁から言ったらオバ……」
「わ〜わ〜それ以上言っちゃダメ〜〜!」


 そう……慌てて僕の口を塞ぎに来る彼女は、祖父の残した忘れ形見。
先ほど僕が書き上げた物語で、最後に刺されたあの少女だ。

 スライムコアは物理的に傷付けることが出来る。
それを利用してお祖父様は、この子のコアに刻印を焼き入れた。


 多分その内容は、「成長阻害」と「分裂停止」。
その効果を得て、彼女の姿は「わーわー!!」年前から変わらないまま。
姿に合わせてか、頭の中身も大して変わってないようですね。

 ほとんど完璧な人の姿をしているのは、副作用みたいな物でしょう。
スライムの足元に溜まった液状部分が一定以上に大きくなると分裂する……というのが通常のスライムの生体として知られています。
それを止めた結果、増えた容積分は体の方に集められて、その密度を増させる事だけに使われている様子です。
だから今の彼女はスライムらしい柔らかさが薄く、代わりに弾力性がかなり強い。
触感的にはコンニャクくらいでしょうか。世の一人上手な男性方にはお馴染みの感触ですね。


「しかしまあ、いい所に来ましたね。今ちょうど貴女のお話が書き上がった所ですよ。
 いや、これが中々良い出来でしてね? あとで燃やすのが惜しいくらいです」

「あれ? 燃やしちゃうの?」

「ええ、ほら。これでも神職ですしね?
 教会ってのは、禁書目録ってのを作って悪書の処分とかする仕事もあるんですよ。
 ですから、ほら。別人名義でこれを世に出回らせて、僕の名義で刈り取ると。
 小遣い稼ぎと点数稼ぎが両立できて一石二鳥というわけです」

「うっわ〜、あくどい」

「お褒めに預かり光栄ですね。
 さて、オナカが減ったんでしたっけ?」

「あ…うん。お願い、できるかな?」

「おまかせあれ」



 やれやれ、今夜も寝不足解消はならずのようです。

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