貿易都市:カント=ルラーノ

 モル=カント聖王国は奇妙な国家だ。
聖王国の名を冠し、主神信仰を国家的に保持しているとされるが、形式的な見かけだけの物。
実際に教団に加盟している国民は極僅かで、また政治的に深い関わりを持つ教団員もほとんどいない。


 モル=カントは奇妙な国家だ。
大陸有数の軍事国家であるにも関わらず、その領土意欲は異様なほど少ない。東の果てに僅かな領土を保持するばかりで、それは五十年以上も前から変わっていないのだ。
どころか、あの国は周囲に対してあまりにも寡しており、彼の国をその存在すら知らずにいる者も多い。戦事に従事する者たちが僅かにその名を知っているばかりだ。
そういった差異は、「奇妙」と称すより他がない。


 モル・カントは奇妙な国家だ。
周辺の魔物領との仲は険悪の一言に尽き、今でこそ小競り合いしか無いものの、はや三十年に渡って交戦状態を続けている。
これだけの長きに渡って魔物と交戦し、時に領土を奪い、奪い返しながら、それでもこの国は存続している。多くの聖国が彼女らとの戦いの果て疲弊し、少しずつ魔の侵食を受け、果てに堕落していった中。この国は未だに戦争を続けている。


 そして何より奇妙なのは、この国の内部に、魔物娘の姿がそう少なくなく見ることが出来る点。
多くは捕虜や奴隷としてのものなのだが、中には伴侶を見つけて人に紛れて市民として暮らす者までいる。
戦争中にも関わらず、聖王国の名を語っているにも関わらず、まるで「我が敵は抵抗する者のみ」とでも言うように・・・・彼らは魔物の存在を正しく認識し、受け入れている。
これで、「まだ魔界にすらなっていない」のだ。



 モル・カントは奇妙な国家だ。



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 早朝にカント・ルラーノ市に到着したフェムノス一行は、その門前で検閲を受けている。
どうも仮にもセイレーンであるリエンが乗っていたのが問題視されたらしい。
既に半刻あまり経過しているが、まだ彼らの馬車は通れずにいる。


「カント=ルラーノ貿易都市か・・・・なんか聞いてたより随分と立派なもんだ」
「貿易都市? ご主人、王都じゃなかった?」

 待ちぼうけのハールリアが石造りの市壁に寄りかかって、呟く。
それに応える相棒のフィーリは、また何時かのように彼のくわえる煙草の先から姿を現して、ユラユラと形を整えていた。

「俗名として新王都とも呼ばれる。が、貿易都市が正しい」
「・・・・どうしてアンタが答えるのよ。というか、いつの間に戻ってたの?」
「丁度今終わった所だ。俺が答えるのでは不都合か?」
「うっさい…」

ジャラ…

 フィーリの問いに、ハールリアではなく、馬車を牽引しながら現れたフェムノスが答える。
この数日で彼もほとほと嫌われたようで、フェムノスが口を聞くたびにフィーリに苛立たれるのも、そんな二人にリエンが馬車から不安そうな目を向けているのも、既に見慣れたいつもの光景の一つと言えた。
鎖の擦れる音でそんなリエンの様子に気づいたフィーリが、バツの悪そうな顔をするのも。彼女らを見てハールリアが楽しそうな苦笑を浮かべるのも。それら一切に関わりなく、フェムノスが表情も変えずに馬車を進ませるのも。全ていつも通りだ。















 既に早朝と呼ぶには遅い時間。街はとうに目覚めている。
パン屋の客引きの声や、早くも露店を開き始めた行商人。早足に道を行く人々は、これから職場にでも向かうのだろう。
その喧噪で、旅人用の馬車着き場までの短い距離を歩いただけでも、この街が活気に満ち溢れていることが分かる。
ハールリアは、へーとか、ほーだとか呟きながらその様子を面白そうに見ていた。

「こりゃあ中々、良い街そうじゃないか。
 なあフェムノス。ここって、いっつもこんな感じなのか?」
「この辺りに限れば、そうだな」

 何かわくわくとしたハールリアの言葉に、フェムノスが素っ気なく答える。
限りは、などというその気にかかる言い方に、ハールリアが聞き返した。

「余所の街と大きな変わりはない。治安がそう悪いわけではないが、良くもない。
 広い街だ。ここのような区画もあるが、野党と大差ない連中が巣食った区画もある。
 良いも悪いもない」

 するとこうだ。相も変わらない、無感情な声だ。
事務的で味気ない、夢も希望もあったものでない物言いに、さすがのハールリアも気落ちして、「あっそ…」などと嘆息してしまう。
他にはあるか、というフェムノスの問いかけにも、言葉も返さないで億劫そうなジェスチャーだけで示すほどだ。


 ・・・・そうこうしているうちに旅人用の馬車付け場までたどり着く。
飽くまでハールリア達は、カント=ルラーノに着くまでの間フェムノスのもとで厄介になるという約束だった。別れるなら、そ
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