ガーーン!ゴーーォン!!
ガーーン!ゴーーォン!!
鳥の歌声を遮るように、けたけましい鐘の叫びが上げる。
カント・ルラーノ市中央区の大聖堂が、市場開放を告げる鐘だ。
長い残響が引いた後には、既に勤勉な市民達によって街は色めき立っていた。
中でもこの連絡路などは格別だ。
もはや路傍には所狭しと露店が並び、店主や小僧が人寄せの声を上げている。
当然、店構えの商人も負けてはおらず、先程まではガランドウだった店先の棚には、まるで元からそうだったかのように品物が風景に溶け込んでいる。
合わせて、門外から行商馬車が街に入ってくる。
多くは朝一に採れた生鮮品を運ぶもので、潮の香りなどさせている。
そんな早朝の商店街に、ハールリアとフィーリの姿があった。
ハールリアは何時もの旅装束に、例のボロボロの防火コートを外した格好。
そのコートはフィーリが羽織っていて、ほぼ裸体に近い彼女の身体を隠していた。
「やっぱり朝は活気があるね。
それで、ご主人。どこ行くんだっけ?」
「ん。……ふわ〜ぁ…っと、えーー…何処だったかな」
「ご主人……」
ハールリアは眠いのか、目をこすりながら惚けた口調で気の無い返事。
フィーリはその横で、怒ったものか呆れたものかと微妙な表情で彼を見上げている。
彼女は一つ溜め息をついて、取りあえず主の向こう脛を蹴り飛ばす事にした。
「痛ったぁ!?」
「いつまでも寝ぼけてない!
それで、どこ行くの」
「はぁ…あ〜、まずは新しいコートか」
ハールリアは目端に涙を浮かべつつ、ようやく目的地を思い出した。
コートなどと言ったのは、朝の秋風に吹かれて身震いしたのもあるだろう。
フィーリも少し心配そうに主を見て、「それがいいね」と同意した。
彼等は今、見ての通り、買い物に来ている。
フィーリが魔物となって肉体を得て、諸々の必要品が出てきたのだ。
なにせ今までのように、必要でない時に姿を消しているという事が出来ない。
都合上、変わらず食事は必要無いが、衣類や寝袋、その他日用雑貨品が必要だった。
更に、衣類については別途に問題が一つ。
魔物化したとはいえ、やはりそこは炎精霊。
その身は絶えず炎に包まれており、感情の昂ぶりに合わせて燃え上がる。
常時ならば周囲を燃やす事が無いぶん、純精霊だった頃よりも融通は聞く。
……が、魔物化が彼女の性格に劇的な変化をもたらした訳でも無いのだ。
彼女…フィーリは、あれで感情も炎も自制が利かない性質だ。
何かの拍子に火炎を噴いて、素っ裸にならないとも限らない。
「まず防火は必須だし、耐久性も高いのがいいか。
出来れば一人で修繕出来るような素材が良し……」
冒険者向けの呉服店。(…時に防具屋とも言う)
ハールリアは条件を口ずさみながら、丁度良いものが無いかと探す。
「けどそうなると……高いよなぁ、やっぱり」
長めの溜め息。
望みの条件を満たすものは、思った通りの超高価品になっていた。
分かっていたが、やはり気が重い。
「えと……別に新しいのじゃなくっても良いよ?」
横で頭を抱えて唸っている主を見兼ねて、フィーリが遠慮がちに声をかける。
「私は…その、コレでいいからさ」
フィーリは羽織ったコートの襟を口元にたぐり寄せて、小さく呟くように言った。
遠慮したような口調だが、実際のところ彼女は今のままも良いなと思っていた。
いやむしろ、この古びた傷だらけのコートが良いと思っていた。
(だってこれ、ご主人のコートだもん…♪)
胸中でだけ、
口に出すのは気恥ずかしかった。
「いや、僕が新しいのを欲しいんだ」
そしてこの台無しである。
「………アホご主人!!」
フィーリが怒声とともに肘打ちを放つ。
そちらを見てもいなかったハールリアは、物の見事に直撃を受けた。
脇腹から入った肘が、レバーにクリーンヒットである。
「ぐ…おおぉぉぉぉ………うぷっ…」
さすがの英雄も、内臓の痛みは堪えられないらしい。
両手で腹を抱えて崩れ落ちるように跨り、痛みにプルプルと震えるハールリア。
今回は身長の低さという弱みを、見事に打点の入射角へと利用したフィーリの完全勝利である。
xxx xxx xxx xxx xxx
さて時は過ぎ、陽もこれ以上高くはならない。
にわかに騒がしくなった公衆食堂に、件の彼らの姿があった。
「お飲みものをお持ちしました」
「あ、はい。どうもです」
運ばれてきた紅茶を前に向かい合う二人。
ハールリアは疲れ切った様子でテーブルに突っ伏しており、フィーリの方はそんな主を横目に見ながら紅茶に角砂糖を落としていた。
「はぁ……けっきょく見つかんなかったか
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