時は遡る。
フェムノス達の出発前夜、立待月の日。
あの倉庫での会合のあった晩へ……
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突然の覚醒。
少女はハッと目を開けて、今見たものが夢であったと知った。
肩で息をする彼女の顔には恐怖と疲労が織り交ざっている。
背がべったりと冷たく濡れている。嫌な汗だ。
はぁ…はぁ、…はっ……
荒い呼吸、心臓はドクドクと早鐘を打ち続けている。
辺りはまだ暗い。カーテンの向こうは未だ永久へと暗闇が続いている。
暗闇は静寂を伴い、世界を覆い尽くしていた。
真っ暗な部屋には、少女のシルエットが一つ浮かぶだけ。
少女の耳に届くのは、自身の呼吸と鼓動ばかりだった。
少女は、寝袋などを一箇所に集め、それを下敷きに座っていた。
それが彼女の…正確には、彼女らの基本的な就寝姿勢だ。
『普通』のように横になるには、その肩から生えた大きな翼がジャマになる。
彼女はハーピーの類種、セイレーンの子だった。
鮮やかな色彩の羽根と、魔力の込もった美しい声。
彼女らの歌は旧き時代から人々を魅了し、時にマーメイドと同一視されることもあった。
彼女…リエンは、そんな美しく陽気な種族の少女。
はぁ…は…っ…、……っ!
けれど『陽気』は、彼女には少々似つかわしく無い。
目覚めた彼女は、悪夢の余韻に恐怖していた。
その翼は、まるで確かめるように自身の両肩を抱いている。
ぎゅ…小さくした体は、がたがたと小刻みに震えている。
けれど、体温は高い。
普段は低い方だというのに、今まで眠っていたせいか随分と高い。
否
体温が高いのは、眠りのせいでは無いのだろう。
この熱は、この火照りは身体に『疼き』を与える類のもの。
これは……フラッシュバックだ。
自然、無意識のうちに内腿を摺り合わせていた。
くちゅ…と小さく、溶かした砂糖のような音が立つ。
は…っは…、っ…っ……!
彼女の呼吸が、先ほどとは毛色の違う形で荒くなる。
肩を抱いていた翼は、…そろそろと遠慮がちな動きで服の内側に滑りこむ。
柔らかな羽先が、ほのかに膨らんだ双丘と湿りを帯びた秘所へと伸びる。
その頂点が固く充血している事を、羽根の先が感じ取る。
くすぐると、「疼き」は熱を持って彼女の体内に膨らんでいった。
……っ、…、っ…っっ!!
「焦らす」ばかりの、緩やかな自慰。
いくら昂ぶろうと、どれほど身体が疼いていようと、決して絶頂に至ることはない行為。
羽先で秘所をくすぐる。身の疼きを忘れるまで、疲れて、動けなくなるまで……
これがヒトのような指も、爪すらも持たない彼女に唯一できる自慰行為だった。
無視することは出来ない「疼き」
けれど、それに溺れられるような快楽を得ることは出来ない。
もどかしい……しかし、止めることは出来ない。
これはフラッシュバックだ。
今なお熱を持ち続ける、背に負った刻印。
未だ消えない、孤独と閉鎖、暗闇への恐怖。
生々しく残る恐怖、拭えぬトラウマ、薄れぬ悪夢。
そして、それと共に身に刻まれ続けた快楽という名の鎖。
それら全てが身体の疼きと共に襲い来るのだ。
風も、空すらも感じとれない石壁の地下牢獄。
『彼女』というモノの、その多くを占めた時。
彼女を捕らえる、長い…長い年月の記憶……
・
・
・
時は遡る。
彼女を苛む悪夢の元へと。
遥かな昔へ、リエンの名前も無かった日へと……
・
・
・
それは今から、八年ほど前。
その頃の彼女の年齢は、おおよそ七か八か……
当時彼女は、さる「教会運営の機関」に収容されていた。
教会運営と言っても、そう気分良く語れるような物ではない。
奴隷の調教所などといった、そういう類の施設だ。
そこでは、言語教育や礼儀作法など奴隷として必要になる諸々の事を受けさせていた。
そしてまだ、その頃の彼女は言葉を失っていなかった。
真っ暗闇に少女が眠っていた。
壁に寄り掛かり、跨るように眠っている。
薄いワンピースでは、少しだけ寒そうだ。
ここは地下牢。
辺りは薄白い石の壁で囲われている。
出入口は厳めしい格子戸が一つあるだけ。
それに、ガラスが嵌め殺された天窓があった。
明かりは無い。
燭台はあったが、蝋燭が無い。
天窓の向こうは重たい黒雲が立ち込めている。
……一切の明かりが無い、完全な暗闇だった。
その暗闇に、コツコツと硬い足音が聞こえる。
一人の男がランタンを提げ、地下牢へと下りてきたのだ。
「起きろ十二番」
男が声を響かせる。
その声は若く、顔立ちも精悍な青年の物だったが、短く刈り込んだ髪は老人
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