黒剣戦士と茜の烏翼



 路地裏。
一日を通して光を浴びず、鼠と野良犬の溜まる場所。
そして往々にして、よろしくない連中が集う場だ。

 どんな街にもある、うすら暗く、生臭い場所。
このカント・ルラーノ市においても、それに変わりはない。
少々他と違うのは、この路地裏というものが区画単位で丸ごと倉庫街である事ぐらい。
数日前にリエンが捕われていたのも、そんな場所の一つだった。


 表通りの活気をそのまま裏返したような陰湿な空間。
その畜生共ですら足を踏み入れることを躊躇するような領域に。
今日はどういうわけだか……人の通りが多いようだった。


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 C-3番倉庫。
木扉に赤ペンキで名付けられた、何の変哲もない石製倉庫。
その扉のすぐ前に、黒い巨剣を負った男が立っている。
フェムノスだ。


「アルロ林侵攻戦に参加した、フェムノス・ルーブだ。入れてくれ」

「合言葉は?」

「『瑠璃の短刀』」

「…結構。どうぞ、お入りください」


 扉を叩き、二三のやりとりを。
その後数秒と待たずして、カンヌキの外れる音。
そして重い扉が小さく開き、フェムノスは足を踏み入れる。

 薄暗い庫内は獣脂のロウソクで照らされていた。
ここは大方、倉庫としては機能していないらしく、荷物の類はまるで見当たらない。
代わりに、金属製の円卓が一つ、この広い空間の中央に陣取っていた。

 いくらか歩を進めて、そちらの方へと近寄ってみる。
そこにはフェムノスと似たような格好の者が、四人ほど。
円卓を囲む彼らの中に、不釣合いにもエプロンドレスの女性が一人。
どうやら、あの酒場の受付嬢のようだ。



「揃ったようですね」


 フェムノスの円卓への到着を見届けて、受付嬢が言葉を発した。
誰も何も喋らなかった中、倉庫の石壁によく澄んだ声が反響する。
声を聞いて、その場の皆が彼女へと視線を向けた。


「本作戦の案内係、マリーベル・イルローラと申します。
 まずは皆様方に、お集まり頂いたことの感謝を」


 短い自己紹介。
次いで、謝辞とともに小さく一礼。
小慣れた様子で、また淡々と。


「では、数点の確認事項をお伝えします。
 本作戦における皆様方の役割は、前線への援軍部隊。
 また、これより皆様方には任務遂行のため、一つのチームとして行動して頂きます。
 以上です」


 受付嬢が言葉を止める。
淡々と、そして粛々と。
小慣れた風に連絡を終える。

 それから彼女は、質問は?
と、辺りに向けて問いかけた。
程よい高さの良い声が、倉庫のガランドウに小さく響く。


「…なら、幾つか良いかい?」


 その残響が止んだ頃。
ふとした様に、誰かが言った。

 視線を向ければ、黒コート。
フードをすっぽり被った女。
円卓に、一歩分だけ近づいて。

 言葉を続けてこう言った。


「まず質問をする前に、自己紹介をさせて貰うよ。
 アタシの名前はハイメニー。傭兵団『朱さす濡羽』の頭領だ。
 ……で、一つ聞きたい。 このチームの指揮を執るのは誰だい?
 まさか嬢ちゃんじゃないだろう?」


 ハイメニーと名乗る女性は、ハスキーな声でこう告げた。
手先は出さずに腕を上げ、袖口だけでマリーベルを指し示し。
フードの下で小首を傾げ、強気な声音で問いかける。

 問われたマリーベルは、否定の意味で左右に一度首を振る。
それと同時に手の平で、右隣りに立つ男へと、前に出るよう促した。
それに従い歩み出たのは、紺の鎧に白マントを着た大男。


「モル・カント王国軍所属、ゾリーデ・ヘーリング百人将だ。
 我々正規軍は、諸君ら傭兵の監察官たる任を負っている。
 故、その一環として、最高指揮権は我が輩にある」


 百人将を名乗った男は、仁王立ちで答えを返した。
四角い顔にこびりついた、剃り忘れのような顎髭を
その左手の厳つい指で、こするように撫でながら、チラとハイメニーの方を見る。
蝋燭の照らす深い陰影が、貫禄をまで感じさせ、妙に偉そうな風である。


 そしてなるほど、よく見れば。
内に着込んだ鎧の作りは確かな物。
マントに縫われた紋章は、見紛う事なき王国印。

 背は二メートルを越す大長身。
ガッシリと引き締まった体躯は、歴戦の勇を表すよう。
どうやら百人将の称号は、伊達や酔狂で付いた物では無いようだ。


「他に、質問は?」


 ゾリーデの言葉に、ハイメニーが二の句を告げぬ事を確認し。
エプロンドレスの案内人は、もう一度皆に問いかける。
十秒ばかりの沈黙をもって、彼女は良しとしたらしい。


「では、確認を進めましょう。まずは皆さん、改めて自己紹介を。
 本作戦の案内係――連絡員とでもご認識下さい。マリーベルでございます。
 どうか我らが、長く良き付き合いで
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