貧乏傭兵と炎精霊 -1-

 一人の男が、草原に寝転がっている。
四方五里、見渡す限りの大草原だ。
時は夕。空は芸術的な暮れの色に染まっている。

 そんな大自然のど真ん中、彼はポツンと一人寝転ぶ。
旅のお供のリュックサックを枕に、くわえタバコの灰色の煙をくゆらせて、燃えるように紅い空をまっすぐに見つめている。


 彼の名は、ハールリア・クドゥン。
出身はここより遥か遠い、カッサ・デーヤと呼ばれる大陸西南の一地方。
彼は旅人であり、秀才的な剣士でもあると同時、天才的な魔法使いだ。
ハールリアは自身を傭兵と称しているが、多くの者は彼をそのようには認識していない。
一度戦場に立つ彼の姿を見たものは、彼の異名と共にその本質を理解する。

 『炎霊華葬のハールリア』、若き華炎の英雄と。

 彼の扱う火炎の魔術は、壮絶の一言に尽きる。
緻密な操作のもと演舞する極温の炎。それは全てを飲み込む破壊であり、見るものを幻想に誘う美麗なるアートでもある。それは敵方に取っては畏怖すべき兵器であり、味方から見ればこの上なく力強い切り札だ。
その燃え盛る中心で指揮者のように佇み、涼やかに笑うハールリアの姿に人々は心奪われ。圧倒的でありながら、暴力的でない強さを示す彼に、憧憬と畏怖の念を示して。人は彼を、英雄と呼ぶのだ。


 熟練の将兵の数々が彼と肩を並べて戦ったことを栄誉とし、多くの国王が彼を自国に引き入れようと躍起になった。
だが彼は、一時的に雇い入れられる事はあっても、専属として働いた事は一度もない。彼の気が向くままに、様々な軍、様々な戦場を渡り歩き、未だ定住地を持たない。
待遇に不満があったのか、はたまた単に旅が好きなだけなのか・・・・何にせよ、彼は今もフリーの状態だった。







 そんな旅を幾年も続けて、遂に彼の旅路は大陸の東端に到達しようとしている。
十五で故郷を離れた彼も、もはや二十三。少年が青年に変わるだけの時間が経っていた。
そんな一つの旅の節目。旅する天才は、どこまでも続く紅い空を見上げ・・・・一体何を思うのだろう?

「腹、へったぁ・・・・」

・・・・なんとも情け無い限りである。
そんな彼を嗜めるかのように、小さな声がガナリたてた。

(もう、あんなコトするから!)

 幼子のような高い声だ。
声はすれども姿無し・・・・囁き程の大きさの怒鳴り声だけが、ハールリアの耳に響いていた。
それにさしたる驚きも示さず、彼は声の主に言葉を返す。

「けどさ、フィーリ。元々あの仕事の報酬は僕に入る物じゃないって契約だったろう?
 雇い賃は前払い。給金は仕事時間に正比例。しょうがないよ」
(そっちじゃない! 地図とかそういう旅の荷物一式、全部街に置いてきたじゃない!
 なんであの傭兵さんと一緒に街に戻らなかったかなぁ・・・・)
「・・・・あ〜」
(あ〜、じゃない! これから一体どうするのよ!?)

 声だけの相手と、特に問題なく繰り広げられていく会話。
しかし、本当に相手がいないわけではない。ハールリアの視線を追ってみると、今はそれが真っ直ぐ空に向いてはおらず、それよりも手前、揺れる煙の少し下、タバコの先を見ているのが分かる。
その先端に灯る、呼気と共に大きく赤くなる小さな炎を見ているようなのだ。

「まあ、なんとかなるんじゃない? とりあえず、次の目的地の新王都までは一本道らしいしさ」

 ハールリアがそう言った途端、僅かだったタバコの火がフッと揺らめき、急に膨れ上がる。
あっという間にテニスボールほどの大きさになったそれはタバコから離れ、ユラユラと宙を漂いだした。
それは薄ぼんやりとした輪郭のヒトガタとなると、先ほど聞こえてきたものと同じ、幼子の声を発した。

「何言ってのさ、バカご主人!
 その次の目的地まで、徒歩だと二週間はかかるんだよ!?」
「うっげ!? ・・・・そんなに有ったのか」
「ご〜主〜人〜〜!!!」

 そんな物理法則を無視して宙に浮き、言葉を放ち、あまつさえ感情すら露わにするものが、ただの炎であるわけがない。この炎の塊は火の元素精霊、イグニスだ。
そしてこの、ハールリアからフィーリと呼ばれているイグニスは、彼の旅の相棒でもある。
・・・・そう、彼は魔術師であり、同時に精霊使いでもあるのだ。

それも今時珍しい「純モノ」の精霊を連れた。



 XXX XXX XXX XXX XXX



「うお〜、腹減った〜! 飯切れた!!」
「その台詞、もう十五回目だよ。
 まったく何でこんな基本的な所で迂闊なのかな〜!」

 延々と続く街道をカント=ルラーノに向けて歩きながら、ハールリアとフィーリは口喧嘩を続ける。・・・・いや、口喧嘩というのも可笑しな表現か。
大した距離でないから大丈夫とか、すぐ戻ってこれるだろうから問題ないとか、そういう理由でほとん
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