カント・ルラーノ貿易都市。
新王都の通称で知られる、モル・カント最大の城壁都市だ。
同市の周囲四方を囲む防壁は長大で背が高く、いかにも厳めしい作りをしている。
この市と外の世界とを結ぶのは、東西南北の各城壁に一つずつ設けられた巨大な門。
ここで毎日のように商人や冒険者たちが出入りして、この市の発展に協力しているのだ。
カント・ルラーノ市は、大きく五つの地区に分けられる。
東、西、南、北、と各門を中心とする門前区。
そして都市機能の集中する中央区だ。
興味深いことに、この市では各地区ごとに文化や景観が大きく異なる。
例えば、東門前ではシックな色合いの木造建築が多く立ち並んでいる。
一方、西門前では赤色を基調としたレンガ造りの建物が主である。
同様に北門前の食事は淡白でデリケートな味わいの物ばかりだが、南門前では香辛料のよく利いたピリ辛な物が楽しめる。
この事は、この街に住む者たちの傾向による物だと考えられる。
この市に来る冒険者や商人、移住者達は、ほとんどが門前区に集まっている。
おそらく彼等旅人たちの為、市が見知った故郷の風景や味を提供しているのだろう。
カント・ルラーノ貿易都市は、現在魔物との交戦状態にある。
但し東回りのルートからならば未だ安全に市へと入ることが可能である。
同市に興味をお持ちの方は、是非とも我々エル=オルド=シー商会までご連絡を
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カント・ルラーノ貿易都市の、東門前地区。
他の門前地区がそうであるように、この近辺は商業が盛んだ。
中央区へと真っ直ぐ通る連絡路を主に、三区画分は一つの商店街となっている。
今日も露天が立ち並び、活気あふれる商人たちの声が飛び交っていた。
一方こちらは、商店街から遠く離れた郊外。
中央で繰り広げられている盛んな声もここまでは届かない。
ここらは野鳥の声が聞こえるほどに静まりかえっている。
一応、ここも商業区の一つと数えられている。
だが中央連絡路からも離れたこの近辺は出店も少ない。
よく言えば閑静な居住地区……悪く言って、寂れている。
そんな場所に、その小さな宿は建っていた。
東方式の木造建築で、かなり年期の入った様相を醸し出している。
屋根瓦は所々ハゲており、漆喰の壁もヒビだらけ。
お世辞にも立派とは言えないようなボロ宿である。
六畳一間。
トイレは共同、風呂は無し。
ついでに内飾もほとんど無い。
他へと誇れそうな物は安賃金……などといった有様である。
そんな様相であるから、宿というよりは、共同住宅や宿舎といった方が似合う。
実際、過去には兵士たちの詰所として扱われており、それを民間に引き払った物らしい。
その宿の三階部分、右から三つ目の窓から、栗髪の娘が顔を覗かせていた。
窓枠に置かれた腕は羽毛か何かで覆われている所から、多分ハーピー種の娘らしい。
その少女は何をするでもなく、自分の羽を枕にして、ボーッと上の方に目を向けている。
視線の先では、朝焼けの曇天が黒と赤のマーブル模様を描いていた。
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フェムノス達がカント・ルラーノ貿易都市に到着してから、既に三日。
彼とリエンは郊外の安いボロ宿を寝床に、特に何か有るでもなく過ごしていた。
床を踏む度にギィギィと木板の軋む音がする、古い古い宿だ。
狭い部屋だが、内装といった物が全くと言っていいほど無いから、変に広く感じる。
元々部屋にあったものといえば、足の短いテーブル一脚と四角いマット四枚。
窓際に小型の旧式薪式ストーブが一台置かれており、傍らには燃料の入った篭がある。
それと、あめ色のランタン一本が天井から吊るされていた。
ベッドは無く、部屋の隅に厚手の布団が折りたたんだ状態で置かれている。
ジパングの方の寝具を使っているのは、情緒云々というよりは、狭い空間を少しでも有効に活用するための物だろう。
確かに、理には適っている物だった。
それ以外にある物といえば、フェムノスの旅荷物が少し。
それと、彼の装備品類が少々場所を取っているくらいだ。
おかげか、荷物が占める床面積はかなり小さい。
だが、それにしても狭い。
元が元だけに仕様が無い事ではあるが……二人で住まうには少々狭い。
就寝時には、かなりスペースを詰める必要があった。
もっとも、彼らが気にしている様子もないが。
「リエン。体が冷えるぞ」
窓から身を乗り出して、空を見上げているリエンに、フェムノスが声をかけた。
ぶっきらぼうな言い方……というか、普段通りの無感動口調だ。
その上、些かキツい目つき(こちらも何時も通りではあるが)で、まっすぐ彼女を見据えていた。
!……ジリン
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