黒剣戦士と茜の右翼 2


  ガタン、……ガタンゴトン、ガタン…


 秋の二月目、居待ち月の日。
時刻は午前八時を少し過ぎた。
空は暗く、重い雲が何処までも垂れ込めて、今にも雫を垂らしそうだ。
この時期には有り難い温みを与える陽光は、生憎ながら本日は拝めそうにない。


  ガタンゴトン、ガタ……、ゴトン…


 馬車の足音が聞こえる。
車輪に踏まれた小石が、車軸を伝って床板を震わせている。
舗装の行き届いていない道を、何台もの馬車が走っていた。

 二頭引きの、十名程度が乗り込めそうな大きめの幌馬車が四台。
四頭引きで金属板の装甲が施された、武装した人間を二十四人は運べそうな大型軍用車が五台。
それと同型で多少装飾の異なる、こちらは物資輸送用らしい馬車が二台。
各々の御者を務める男は皆、モル・カント国の紋章印が刻まれた鎧を着ている。

 総勢九騎の大馬車隊。
おそらく王国軍の一団の行軍であろうと見て取れる。
豪奢さこそ無いものの、そういった物とはまた別の威厳を放っている。

 六騎の騎兵を護衛とし、軍団は北々西へと駆けて行く。
道は、カント・ルラーノの市壁からなだらかな丘陵の先へ、遥か地平までも続いている。



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 彼等の目指す地の名は『アルロ・ペレネア』
かの地の先住者達の古い言葉で、「風と雪のある山」を意味した土地。
本来の名は多少の音が違うのだが、長い時間の内に現在の地名に変化したという。
そう珍しくもない由来だ。

 また、アルロにはもう一つ呼び名がある。
それが『グラン・トネル』。モル・カント国では、こちらの方が広く親しまれているようである。
何故その名が使われ始めたのか、どのよな理由で名付けられたのか。
由来はまるで不明だが、既に数十年ほど前から急にポピュラーになった呼称だ。


 かの地がモル・カント領となったのは、文献によれば246年前。
当時、モル・カント聖王国は領土拡大運動のさなかにあり、独立した邑であったアルロへと侵攻。
そして十数年にも及んだ戦争の果て、ついに領土拡大に成功したのだとある。

 余談だが、この戦争にまつわる伝記は多い。
それは戦況報告書であったり、また双方の司令官の日記であったり。
これらに皆共通して語られるのは、アルロのとある地形に関する記述と、それにまつわる決戦の記録。


 そして新たなる戦いが、その記録へと連なる。



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 街道を行く馬車達。
その一つは、フェムノスの馬車だった。
もっとも今現在は軍に徴用されたものであるから、「彼の」と表現するのは正しくない。
兵を運ぶ馬車の数が足りない等といった理由から、あの倉庫での会合があったその晩にマリーベルが彼の宿所にまで出向き、一時的に馬車の所持権を譲渡する旨の契約を取り付けたのであった。

 それは《朱さす濡れ羽》の方も同じだったらしい。
並走する別の幌馬車に目を向けてみれば、同じように周囲を見渡すミノタウロスの姿が見えた。
他八騎のうち三騎、規格の不揃いな馬車は、彼女ら《アケヌレハ》の所持物なのだろう。
よくよく見れば、荷を引く馬にケンタウロスの姿も混ざっていた。


 …改めて、フェムノスの馬車に目を向け直す。
馬車の奥、隅の方にうずくまって俯いているのが、リエン。
その横で、ナイフを一本一本磨きながらコートの内に仕込んでいるのが、フェムノス。

 フェムノスとは丁度対角の位置であぐらを掻くのは、ハイメニー。
力を抜いて、ふわりと地に広げた翼の羽先をそよそよと動かしながら、物思いに耽っている。
ハイメニーの傍らでは、リープが車の揺れに合わせて船を漕いでいた。
二人は制服であるレッドラインの黒コートを、フードを付けずに羽織っている。
風が幌と御車台を仕切った木綿布をはためかせて、彼女達の長い髪を揺らした。

 彼女ら、朱さす濡羽の二人と御車台を挟んだ向こうに、ゾリーデ。
御車台に座る部下の兵士に、何やら指示を出している。


 そしてもう一人、かの『案内係』マリーベル・イルローラ。
彼女は馬車の中央辺りに小さな木箱を置いて、その横でたおやかに端座していた。


「さて、それではブリーフィングを始めましょう」


 一度辺りを見渡して、彼女はそのように切り出した。
丁度それを合図にしたように、ゾリーデは部下への指示を終えている。
もしかすると、マリーベルがそれを察して切り出したのかもしれない。

 彼女は木箱から地図を取り出し、床に広げる。
端々が擦り切れた、古い植物紙だったが、描かれた地図は緻密で精巧なものだ。


「こちらの地図をご覧下さい。
 まず、ここが現在地の北々西第一連絡路。
 そしてこちらが目的地、『グラン・トネル』でございます」


 彼女はま
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