アロンド市の路地裏にて。(1章〜2章)

 アロンド市は今日も活気に満ちている。
どこか遠くから聞こえる金属を打ち鳴らす音。
商人たちの馬車の足音が清涼に響く。

 そんな陽気な街の、陰気な一角。
日がな一日陽光の届かないこんな場所に、一つ。
一つポツンと黒塗りの木製扉。

 表札のような木製看板は『開』とある。
随分と商売っ気の無いこの店が、知る人ぞ知る情報屋。
老エルドレアの仮住まいであった。


 XXX XXX XXX XXX XXX


「必要な人員はリストして渡したろう。そう、それじゃ。
 ああ、そうだ。そいつなら旧体勢の連中が相手でも問題無い」


 そう広くない店内。
エルドレアはカウンターの向こう、背もたれ付きの三脚椅子に座っていた。
そして一人、何やら呟いている。


「それは解っとる。その辺りは任せろ」


 別段、彼に分裂症の気や、独り言の癖がある訳ではない。
よくよく見れば、小さな水晶質の器具を耳にかけているのが解る。

 その器具はオルクスタ式通信器と呼ばれる物だ。
その名の示す通り遠所の相手との会話を可能にする魔法具である。
仄かながら、使用中を示す薄青の魔力光が漏れ出ている。


「お前さんは自分の身の心配でも……つっ!? 怒鳴るな!耳に響く。
 はぁ……それじゃ、確実に頼むぞ?」


 そう区切って、エルドレアは通信器を耳から外す。
断片的な言葉から全容を知ることは叶わないが、商談か何かであったようだ。


「やっと肩の荷が下りたわい……」


 独りごち、彼は首を左右にコキパキと鳴らして、椅子の背もたれへと体重を預けた。
重圧が加わった木が小さく軋みを上げ、店内に小さく響く。古びた木の匂いが少しばかり優しい。
通り一本離れた向こう、鉄鋼職人の工房区から聞こえる乾いた音の他には、もう何も聞こえない。









「いい、昼だ」


 彼は葉巻に火をつけ、ふぅと白い煙と共に呟きを吐き出した。
静まりかえったような狭い部屋の中に、その一言はよく響く。
彼は言葉を続けていった。


「これで客もなく、夕焼け色の紅茶があれば最高の昼になる。
 お前さん達も、そうは思わんかね?」








 そう言葉を区切るのと、ほぼ同時。
ギギィと古い木扉が音を立て、寂々の空気が小さく崩れた。

 扉の向こうには人影が二つ。
体格から見ると女性だろう。
二人とも揃いの黒色外套を着込み、フードを目深に下ろしていた。


「・・・いつ気付いた?」


 黒い二人の内、背の高い方がフードを取り払って、問うた。
宵の闇を濡らしたような、深い黒色の長髪がフワリと揺れる。
彼女の口調は丁寧だったが、その中に妙な刺々しさが見え隠れする勝気な声だった。


「ついさっき」


 エルドレアがぶっきらぼうな声で答える。
それからジトリと、彼女達を一瞥し、観察する。


 黒の外套は革製。
ツヤは無し。表面のざらつき具合を見るに、相当使い込んでいるらしい。
貫頭型の物で、袖の代わりに腕を出すためのスリットが入っている。
色彩は珍しくも無いが、裾先に入る淡紅色のラインが特徴的。

 改めて、先ほどフードを取った黒髪の女性。
吊り気味で切れ長の目に、薄めの唇。顔つきはキツメ。
瞳は髪同様の純黒色。よく磨いた黒曜によく似ている。
年齢は二十の半ばが妥当な辺りか。


(歳相応の落ち着きはあるが、不相応にヤンチャ……ってトコか)


 対して、もう一方の女性。
いつの間にやらフードを取り払っている。
…どうやら彼女はエルフのようだ。

 特徴的な長い耳。
砂粒ほどの染みも無いブロンド。
エルフ種に相応しい美しい容姿。

 ただ、纏う空気は「らしくない」
気丈とか、勝気とか。そういった物を相方に全て持って行かれたかのようなローテンション。
瞼を半分ほど下ろした、眠たそな細い目。しかも垂れ目。
視線は辺りを注意深く見渡している――にしては、緊張感がまるで無い。
ユラユラと漂わせて、定まり所がまるで無い。
単に飽きっぽいだけなのだろう。


(大体こんなモンか…)


 エルドレアは、随分とチビたタバコを灰皿に放り入れた。
それからペンを取って、収集した幾分の情報をカウンター上のメモ帳に記す。


「黒にレッドラインの革ローブ・・・傭兵団『朱さす濡れ羽』か?」

「へぇ、さすがに物知りだ!
 情報屋ってのは本当らしいねぇ」


 トン、トン、と床板の鳴る僅かな音。
二人がエルドレアに近付いた音だ。


「…客か?」


 不機嫌そうなエルドレアの問い。
低い、凄みのある声音だが、黒髪は気にも止めずに答える。
芯の通った、少々ハスキーな声だ。


「ああ、勿論。 聞きたい事があるんだけど、いいかな?」


「……武勲名高き『アケヌレハ』の者を無下にも出来まい。
 対価さえ貰える
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