あ……れ?
体の震えが…治った?
奇妙な痛みも無くなった。
変な感覚も消えている。
(助かっ…た?)
僅かな希望を見出だして、つむっていた目を開く。
最初に見えたのは、心配そうなご主人の顔。
……もう、そんな泣きそうな顔しないでよ。
いつもみたいに笑って。
普段通りに、バカみたいな冗談をいって?
いつもみたいに、いつもどおりに……何でもないって。
そう…言って?
「フィーリ・・・」
ああ、ねえご主人。
どうしてそんな悲しそうな顔をするの?
ほら、泣かないで? 笑ってよ。
涙は私が拭ってあげる……
ご主人のほっぺ。
ちょっと渇いてる。
あったかい。やわらかい。
伸ばした手。
橙色の細い腕。傷一つも無いきれいな肌。
手首に巻かれているものは、黒い……鉄?
ご主人の瞳の中。
手を伸ばした小さな女の子。
見覚えは無い。アナタはだぁれ?
(アナタは『私』……この子が私。
それが真実、それが全て)
誰かがさえずる。
私の中で私が言う。
これが私と誰かが答える。
けどそんな…だってそんなの……
――ごめんなさい――
声が聞こえた。
小さな声、震えた声。
ごめんなさい…ごめんなさい。
怯えた声、悲しい声。
とりかえしの付かない事をしてしまった子供のよう。
震えている。泣いている。
咽いでいる。怯えている。
(あ、私の声……)
ご主人の瞳の中に、咽び泣く小さな女の子。
「ごめんなさい」と唱えつづける、私の姿……
コ レ が ワ タ シ
じわりと、頬を濡らす不快な何か。
熱いのに…冷たい。
目の前の物が歪みんでいく。
ご主人の姿も歪みの向こう…見えなくなっちゃった……
ごめんなさい、ご主人
XXX XXX XXX XXX XXX
「ごめんなさ、ごめ…。ごめん…なさ……い。
嫌だ…や、イヤ……やだよぉ!
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!」
幼い声が泣いている。
泣き叫び、許しを請うている。
「私、魔物に…なっ、て。…なっちゃ…て
や…いやぁ……ごめんなさい。ごめんなさい!
だから嫌いになっちゃヤダぁ!嫌いにならないで!!捨てないで!!!」
小さなイグニスは泣きつづける。
親愛なる主へと、懇願の言葉を吐きつづける。
まるで壊れた蓄音機、ネジの緩んだオルゴール。
幼い魔物が許しを請う。
「やぁ、だ…嫌……こんなのってヤダ!ないよぉ!!
わた…わた、し……魔物なん、て………」
悔いた所でもう遅い。
嘆いた所でもう戻らない。
省みたとて、次は無い。
幼く小さな精霊は、もはや魔物と成り果てた。
戻りはしない。変わりはしない。全ては既に遅すぎる。
時間は過去へは進まない。
「ごめん…なさ、ごめ、ごめん…ひっく、なさ…ぃ……」
何度も、何度も。
同じ言葉に回帰する。
多種の言葉は出てこない。
言いたいことは、結局の所ただ一つ。
「ごめ、なさ……ごしゅじ、…ひっく
キライ…に、ひっ……ならな……ひゃっ……でぇ!」
嗚咽混じりの、辿々しい言葉。
聞き取りづらい言葉の意味は、何度も繰り返して言ったこと。
『ごめんなさい、どうかキライにならないで』
何度も何度も繰り返された、この言葉は懇願で、必死。
苦く、辛く、どこか甘酸っぱい。きっと、彼女の本当の思い。
「…フィーリ」
魔物ギライが声をだす。
今の今まで、言葉を探していたのだろうか。
はたまた、事の成り行きを傍観していただけのか。
ずっと黙り続けていた「彼女の主」が、ようやく言葉を発した。
「ひ…っ!?」
その声は突然過ぎた。
彼女にとって、余りにそれは恐ろしかった。
いや……今の彼女には、きっと何であっても恐ろしいのだ。
だから、弾けてしまった。
「ひっ…ひっぅ……う、ぅう、うぁああ!!
ごめんなさ、ごぇ…ごめ……ごめんなさ、ぁ、あ……あ、あ゛あ゛あ゛」
もはや彼女は、自分で自分が何を言っているのかすら解っていまい。
ただ感情の波に流されるまま、激情に呑まれるままに、口を突く言葉を吐き出しているだけだろう。
大粒の涙が転がり落ちて、微かな水溜まりを作り出す。
嗚咽混じりの彼女の言葉。
慟哭にも似た嘆きの絶叫。
堂々巡りの心中問答は、弾けた思いと一緒になって壊れていく。
壊れて崩れて、もっと深い暗がりへと落ちていく。
「わた、ひっく、わたし…なん、て……もう、私なんかぁッ!
そうして落ちた先で見つけた言葉は、自身すらをも陥れるもの。
目尻から大粒の涙が溢れて、伝う。
濡れた頬が冷たい。
俯いて、目をつむって、もう何も見ないようにし
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