2.2 夏草

                  *
━━教団。
教団により統治されたこの国では魔物の姿はなく、皆人間であることが最大の特徴となっている。
敬虔な教えを持って清く正しく、人間達の世界の常識や文化の根幹に位置している。
また、教団の最大の特徴としては「勇者」がある。
主神の教えを一身に纏い、人智を超えた力を手にし、魔物達の討伐を使命とする勇者。
しかし皮肉なことにも今まで選ばれた勇者たちは皆、行方不明になっており、消息がつかめていない。
信心深い信徒達からは「魔物に食われた」、町へ街へと流れる旅人や商人からは「嫁でも貰ったんだろう」と。
一貫した教えのこの国の中でささやかに浸透している矛盾。

「さぁ、我等の旅路に祝杯を挙げよう」

甲冑に身を包んだ女性が声をあげる。
長い黒髪をヘルムから覗かせ、腰に下げた細身の剣がきらきらと輝いている。

「いや、まだ昼間よ?」

「何を言う!これから魔王討伐という希望があるのだぞ!勇者のお前がそんなことでどうするんだ!」

白い甲冑に身を包んだ男が呆れたように言うが、黒髪の女性が声を荒げてかき消した。
そのまま一気にグラスの中身を喉へ流し込むと声を出せないまま小さく唸り、満ち足りた表情をしている。

「……声、うるさい」

そう小さく呟いた人物の背丈は小さく、いわゆる魔女と誰が見ても言えるような帽子をかぶっている。
少女は膝の上に本を広げて読みながら、自身の周囲にグラスを漂わせて快適に過ごしている。

「さぁ!カーマイン!魔王討伐に行こうではないか!」

グラスを勢いよくテーブルに叩きつけ、カーマインと座っている少女を掴んで強引に引っ張りだす。
引っ張られる二人はいつもの様子というように身を任せ、なすがままになっている。

「今回……最後……?」

「あぁ、盗賊だのなんだのの相手はもうこりごりだよ」

「勇者……なのに、面倒……担当」

「魔物の相手なんて一回もなかったからなー」

並んで歩きながら二人は談笑する。
談笑といっても大きな笑いが起きるわけではなく、少女がはにかむだけで収まり、カーマインもはにかんだ様子が好きで適当に話を振っていた。

「ごちゃごちゃとうるさいぞ、二人とも。あと、スイレン!面倒事なんていうんじゃない、教会の教えがあるだろう」

「私……魔法使い……教会……違う」

背丈の違う二人は互いに向かい合うように立ち、スイレンと呼ばれた少女はムッとして胸を張っている。

「はいはい、スイレンもカーシャもつまらない言い合いしないの」

カーマインが二人の間に割って入り、二人の肩を抱いて歩ませる。
この三人の間では男女はなく、幼少期から共に育ってきた仲である。
カーマインとカーシャは共に剣を学び、スイレンは魔法を学んだ。
三人の学んだ内容に違いはあれど志は同じであり家族のように互いに信頼し合っていた。

                  *

魔王討伐。
反魔物体制派の最大の悲願であり、共通の目標。
反魔物派の人間の中では魔王の姿を見たものは一人もおらず、魔界の奥深くにいるであろうとされている。
当たり前のことながら人間界には魔王のいるとされる城は存在せず、魔界とやばれる地域にある、といわれている。

「で、スイレン。魔王はどこにいるの?」

当てにならないとされる魔界の地図を開きながらカーマインが尋ねる。
スイレンは両手をひらひらと振りながら知らないという意思表示をしている。
カーマインとカーシャは予想通りといったように項垂れ、とりあえずの道を歩いている。

「ここは魔界だぞ、いつ魔物が出てもおかしくはないんだ」

たるんだ雰囲気に活を入れるようにカーシャが仕切りなおす。
三人はすぐに気持ちを入れ替え、再び周囲の警戒に気を張っている。

━━魔界。
三人のいるこの魔界は元々反魔物領であり、魔界ではなかった。
一人のダークマターに誘惑された統治者は、すぐに堕ちていた。
禁欲的な生活をする反魔物国家の人間であればいくらかは耐えられると良く考えられているが、その耐久力によって反動も大きいものとなっていく。
童貞で有るがゆえに未知への快感。
男性だけではたどり着くことのできない神秘への到達。
一人の統治者がダークマターに魅入られ、ひと月もかからぬまま魔界へと変貌したこの土地。
そのために教会に所属しているがゆえの警戒であった。

「……謎、いっぱい……危険……う?」

スイレンが突然呟き始めた。

「どうした?スイレン」

「……敵意、じゃない……好意?」

昼間であっても僅かに薄暗い空。
黒みがかった草原。
青や紫といった寒色に光る花々。
人間界では考えられない配色をした世界に現れる“謎”。

勇者が出会う、初めての━━魔物。
13/01/30 14:00更新 / つくね
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