幻の故都

<都市アイビス コウノ城 個室>

 夜明け前の時刻、ベットから寝間着を着た少女が起き上がる。頭の角に絡まった黒い髪の毛を手で払い落とし、腰に付いた羽をパタパタと動かす。

「よいしょっ」

 少女はベットから降りて、洋服ダンスから取り出したエプロンドレスを着始めた。スカートのお尻辺りから、可愛らしいハート型の先を持つ尻尾が飛び出す。

「朝食の準備♪準備♪」

 少女の名はユリ・マツシマ。アリスと言われるサキュバスの突然変異種である。彼女はこのコウノ城のメイドの一人で、朝早く城の住人全員の朝食を作りに厨房へと向かう。そこには、すでにやってきた人間の女性や魔物たちが朝食作りをしていた。

「急がなくっちゃ!」

 ユリも張り切って動き出し、フライパンを手にして目玉焼きやベーコンなど焼いて行く。出来上がった料理を用意された皿に盛りつけ、スタンバイしていたメイドの女性が運んで行った。



 朝の朝食作りを終えた少女は、自身の朝食を厨房で食べ終えて、掃除道具を片手に廊下や窓を磨き始める。普段から綺麗になっている廊下を汚れないよう、丁寧に磨いていった。その最中に、廊下の向こうから城の当主でもある領主のレギーナ・カーミライトが歩いてきて、少女に話し掛ける。

「ごきげんよう、ユリ」
「あっ、レギーナ様、おはようございます」
「いつもすまないな。ユリもよく働いてくれて感謝するぞ」
「あ、ありがとうございます!」

 一礼をして感謝するユリを見て、微笑む領主は少女にあることを勧めた。

「ユリ、聞けばお前はドラグーン隊の一人と仲が良いらしいな?」
「えっ?は、はい、そうですけど・・・」
「今日の仕事は此処までにして、彼のもとへ行ってみたらどうだ?」
「よ、よろしいのですか?まだ、この後の・・・」
「気にせず行くがよい。よければ、あの船で一晩泊まってもよいぞ?」
「ええっ!?何もそこまで・・・」

 領主は狼狽えてしまう少女の頭に手を置いて撫でる。

「心配せずとも、メイドの一人や二人抜けても、この城が埃だらけになりはせん」
「は、はい・・・」
「では、行くがよい」
「わ、分かりました」

 少女は一礼して、掃除道具を持ってその場から立ち去った。残された吸血鬼の領主は生暖かい目で彼女を見送る。

「異質な存在同士が遭遇することは滅多にない。機会を逃すでないぞ・・・さて、我が夫ともう一度添い遂げるとしよう」



<戦艦クリプト 個室>

 ある一室のベットの上に、不機嫌な青年が座っていた。ドラグーン隊の遊撃隊員ラキである。彼はむすっとした顔で、昨夜に言い渡された指示を思い返した。

『今回はイレギュラーが発生し、お前たちに無理をさせ過ぎた。明日は休養を取らせる』
『休養!?イーグル、マジで!?』
『・・・いらぬ休養だ』
『ただし、戦艦から出ないのと、訓練はするな。自己鍛錬だけにしろ』
『はっ?』
『・・・本気で言っているのか?』
『破った場合は三日間謹慎だ。いいな?』

 イーグルの言ったこの言葉により、ラキとブレードは半ば謹慎と変わらぬ一日を過ごす羽目となる。

(なぁぁにが休養だ!これじゃあ、前の謹慎と同じだろ!ったく・・・)
コンコン

 突然、扉をノックする音に気付き、彼は不機嫌な声を出した。

「入ってます!」
「お兄ちゃん?」
「ぶほっ!?」

 予想外の声の主に驚いて、青年は素っ頓狂な声を出してしまう。

「ゆ、ゆゆゆゆ、ユリィィィィ!?」
「入ってもいい?」
「ああ、鍵は開いてるから!」

 ステンレス製の開き戸が開き、その隙間から黒髪の少女が覗き込む。彼女は恐る恐る入って、青年の前まで歩いて行く。

「何で来たの?」
「レギーナ様が“お兄ちゃんへ会いに行ったら?”って言われたの」
(あの吸血鬼め・・・餃子食わしたろうか!)

 怒りを抑える青年を余所に、悪魔の少女は部屋のあちこちを見渡していた。

「ん?・・・どうした?」
「ちょっと散らかってるね」
「ああ、大抵は飯食って、寝て、時間に余裕があったら洗濯するぐらいの部屋だからな」
「じゃあ、私が掃除してあげる!」
「えっ?ちょ、ユリ・・・何も君がやらなくても・・・」
「まかせて、料理だけでなく、掃除や洗濯も得意だから!」



<同時刻 戦艦クリプト 甲板>

 戦艦の主砲の頂上にて、ブレードは逆立ちして腕立て伏せをしていた。その下の甲板ではリオとケイも同じく普通の腕立て伏せをしている。

「・・・70、71、72」
「師匠も不憫だな・・・」
「休め・・・つったって、ほぼ監禁じゃねえか」
「それにしても・・・」

 逆立ちして腕立てをする彼を見て、リオは感心してしまう。この甲板付近は高さもあるため、横風が強く吹いていた。それすらものともせず、姿勢を崩さないブレード。


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