1人の白衣を着た少年が熱気のある無機質な部屋で、パソコンのキーボードをもくもくと打っていた。汗をだらだらと流し、曇ったメガネをハンカチで拭きながら熱い紅茶を飲む。
「・・・・・・つぃ・・・・・・」
そんな彼の横から、金髪の男性が近づいて話し掛けてきた。
「ドクター、この部屋に最適なものをご用意しました」
「助かった、レックス・・・それで、何持って来たの?」
少年が尋ねると、レックスは彼の背中に毛皮のコートを被せる。
「・・・・・・」
少年の身体から、さらに汗が流れ落ち、小刻みに震え始めた。次の瞬間、彼は両手でキーボードを思い切り叩き殴った。
バァン!!
「あっつうううううううう!!」
「はっ!?」
端末デスクにうつ伏せで座り寝ていた少年が目覚める。視界に映ったのはモフモフとした猫のような獣の手。異常な状況だと判断した彼は、首と目を動かして自身の背中を見る。
「・・・」
「すぅ―すぅ―すぅ―」
そこに居たのは、彼に覆い被さって寝ているバフォメットのレシィだった。
「なんで?」
数十分後、研究開発室の床で正座させられるレシィに、厳しい目で見つめて説教するエスタ。
「何も来てはダメとは言ってないし、作業の邪魔もしていないから問題ない。だけど・・・寝るなら、空いてる個室か城の自室で寝なさい!」
「兄上という抱き枕が恋しいのじゃ♪」
「抱き枕というより、ベット代わりにされているんですけど・・・」
説教中、起動したばかりのレックスは、2人分の朝食をトレーに乗せて持って来た。
「朝食をお持ちしました」
「おお、美味しそうなのじゃ」
「はぁ、取りあえず食べるとしよう」
トレーに乗せられた食パンにジャムやバターを塗りつけて食す2人。コーヒーを飲みながらエスタが呟いた。
「今日も平凡な任務だねぇ・・・部隊が鈍りそうだ」
「現在のところ、有益な情報源も入っておりません。そのため、本日までに調査した地域の範囲内でしか活動できないかと・・・」
「本来なら広範囲な活動方法が望ましいけど・・・」
彼らの言う通り、有益な情報を得るためには、範囲を拡げての調査が必要だった。しかし、それにはある問題がでてくる。
まず、異世界であるこの場所では迂闊に動くことができない。理由としては、争っている勢力との衝突があるのと、異世界人を知らぬ不当な輩との衝突の可能性である。また、この世界では男を襲う魔物娘という存在もいるため、下手をすれば拉致及び監禁もされてしまう危険性もあった。
そして、もう一つの問題が・・・。
「隊員の数が少な過ぎ」
「二人一組で向かわせる方法もありますが、それでも若干危険性があります」
「だよね・・・特に異形者との戦闘があった時、苦戦を強いられたことがいくつもあったし・・・」
「もぐもぐ・・・」
「今のところ、負傷したのはブレードのみですが・・・」
「あれはちょっとやそっとでは欠けたりはしないから・・・でも、不安だな」
現在の異形者との交戦回数は4回。異世界の勢力との交戦回数も4回。負傷者はブレードのみで、その他の隊員及び住人の危害はゼロに等しい。ほぼ奇跡と言える状況であった。
「もぐもぐ・・・」
「・・・・・・」
「ドクター、此処は抑えてください」
「僕は何も言ってないし、怒ってもいない」
「ですが、お持ちしたカップが震えております」
よく見ると、エスタの持つコーヒーカップがカタカタと小刻みに震えていた。彼が震えている理由、それは皿に乗っていたはずの少しかじったパンが消えていたことである。彼の隣にいた少女は美味しそうに、手に持っていたパンを口へ放り込んだ。
「レシィ様」
「んむ?」
「あなた様の分もありますので、ドクターのお食事を奪わないようにしていただけませんか?」
レックスが注意するも、彼女はお構いなしに頬張ったパンを飲み込む。
「兄上の口付けた食べ物が、どうしてもごちそうに見えてのぉ・・・」
「意味が解らないね・・・」
「私にも解りません」
レックスも首をかしげながら、再度、エスタの食事を取りに研究開発室から退室する。二人だけになり、妙な雰囲気になる室内。
「兄上」
「何?」
「すまんかったのじゃ」
「・・・・・・別にいいよ」
彼は朝飯を取られてイラついていたが、彼女の謝罪の言葉にため息を吐いてしまう。見た目が幼い姿もあり、怒鳴りつけるようなことはできないからだ。
(怒りにくい体型だな・・・まぁ、それを狙っているのだろうね・・・)
「?」
彼は仕方なく、今までのデータの解析と整理のために、端末を操作し始める。
(クアトルまで出現したのなら、“アレ”もいる可能性は高いな・・・この世界には確かな手掛かりがあるはず・・・ひょっとしたら例の・・・)
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