物心ついたとき、自分は苦痛を味わっていた。母は自分を産んですぐに亡くなり、厳格な父に育てられ成長した。そんな自分は周りから普通の目で見られていないことに気付く。
自分は性別では男だ。けれど、その容姿はまるで年齢と合わぬ金髪の少女だった。顔は幼く身体は男とは思えないほど華奢だった。他の同世代から馬鹿にされるのは当たり前。周りとの関わりもないため、口数も少なくなり、無表情が当たり前になる。顔を洗うたびに水面に映った自分は好きになれなかった。
父は教会の騎士団に勤めている。不慮の事故で左腕を失くし、騎士を辞めた後、事務的な仕事に就任。同じ道を望む父は自分を幼少の頃から剣技を叩き込んだ。だが、途中までしかできなかった騎士であったため、限界があった。そこで10歳になった時、騎士の養成所に預けられることになった。そこは勇者とも言える騎士を育成するための訓練施設でもあった。父は少し不安に思っていたが、自分は嫌一つ言わず、むしろ行くことを望んだ。
「そうか。では行って来い! 必ず立派な騎士になれ!」
父の望みなどどうでもよかった。自分が望んだ理由。それはこの境遇を断ち切ること。そのために今できることは、自身を強くすることだ。
養成所に居てもやはり境遇は同じだった。力もまだ強くなってないので、訓練でも同じようなことが起こる。女のくせにと集団で罵られ、強い奴に叩きのめされる。その繰り返しだった。それでも自分は諦めるつもりはない。容姿だけで判断する奴らに屈したくなかった。
訓練とは別の自主訓練を始めることにした。朝早く、皆が起き始める前に走り、常に重りとなる砂の入った小袋をタオルのように足や腕に巻きつかせた。1日の訓練が終われば、重い木剣を使って皆が眠るまで素振りや自分に合う剣技を考えた。からかいで手合わせしてくる奴がいるが、本気で手合わせすることはせず、気付かれないようわざと勝たせる。相手の剣技を見極める練習でもある。
15歳になった自分。相変わらず、少女のような容姿であったが、剣技と身体能力は変わった。華奢な身体の内に片手で重い木剣を振り回す筋肉を秘め、常人とは思えない反射神経と素早さを手に入れた。それでも変わらない日常を過ごしている。
ある夜中、いつもの素振りをしていると視線と気配に気付く。左横を見ると養成所の剣技を指導しているテムズ士官だ。かまわず練習していると、自分の傍まで来て話し掛けてきた。
「お前にはまだ足りないものがある」
素振りを止め、テムズ士官の方へ向くと、騎士が実戦に使う剣を2本持っていた。そのうちの1本をこっちに向かって投げ渡してくる。
「私に一撃でも与えろ! できなければそれまで!」
テムズ士官は60歳の老騎士で名の知れた剣士だ。恐らくこの養成所内で最強の剣士であろう。そんな人と戦うことになろうとは、予想はしなかった。が、これは自身の何かのチャンスであると感じた。練習用の木剣を捨て、鞘から剣を取り出す。向こうも抜刀。
今まで感じたことのない緊張感が湧き出る。これは実戦とも言える試合だ。剣は相手を斬り裂く本物の両刃。そして、相手は勝てるかどうかの分からない熟練剣士だ。
始まりは向こうの踏み込み突き。難なく下に避け、斬り上げを狙う。しかし、士官はそれを素早い手捌きで突いた剣を捻り、受け防ぐ。すぐに離れて間合いをとる。が、士官は右斜めの構えを取り、斬り込みのラッシュを始めた。その攻撃を弾き防ぐ。
この時、あることに気付いた。テムズ士官は本物の剣士。訓練では剣士の卵である自分たちに指導する際、後遺症が残らないよう剣術の手加減はしてくれていた。今の彼はその手加減すらない状態で自分に挑んでいるのだ。
なのに・・・なぜか、彼の攻撃がどう来るのか、見切れる。テムズ士官と訓練では何回も戦ったことがある。その時はかろうじて防ぐか避けるしかなかった。だが、今は余裕があるほど、防げる。本気で戦ってくる相手なのに。その目に偽りは感じられない。
彼の剣を右に弾き、左足でストレートに蹴りをだす。彼はかろうじて右足で防ぎ、その反動で後ろにステップして距離を置いた。
「ふう、いい動きよ」
そう言いながら上段に構え、力を溜める。次で決めるつもりだ。自分は剣を片手で持ち、左腰へと下段で構える。わずかな間、時が止まった感覚だった。
「「・・・・・・・!!」」
次の瞬間、相手の動く気配に気付いた直後、強烈な袈裟斬りが襲いかかった。右にかわし、自身は彼の頭に向かって斬り上げる。しかし、彼は首を曲げ避ける。互いに交差した後、向き合う。すると、テムズ士官は構えを解き、剣を鞘へ収めた。
「・・・見事だ」
そう言った後、彼の左頬に紅い線が走っていることに気付く。自分も剣を鞘に収め、彼に渡す。
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