妻帯者達の日常 SとN編

 「ネームレス殿、釣れたかい?」
 
 「いや・・・、当たりが全然。」

 防波堤に座り、軽装に救命着をつけて潮風と直射の太陽光を浴びながら二人の釣り人は水面に糸を垂らしている。

 一人は朱色の羽、もう一人はネームレスだ。

 赤い嫁さんに活きのいい魚で一杯やりたいといわれて、青い嫁さん達から弁当をもらい、血を吸う嫁さんから釣果を期待され。

 臍だしの嫁さんから一緒に行けないことに文句を言われ、緑の嫁さんや乳のデカイ嫁さんと乳のない嫁さんが鼾をかいて寝ている姿を見ながら朝早くに家を出発させられたのが全ての始まり。

 一人では流石につまらないので、片っ端から携帯で連絡を取るのだが、時刻は四時を過ぎた当たりで迷惑を省みずにやった行為は熟睡者を起こし、営みを邪魔し、怒りを買い。

 友情と信頼に僅かにヒビを入れていき。

 唯一好反応を返してくれたネームレスが彼の犠牲をなってしまったという訳だ。

 そして暗いうちから釣り針を沈めて魚を待ち始めたのだが、最初はよかった。

 小ぶりながらも鯵や鯖が飽きない程度に釣れて会話も続いたのだが、日が完全に昇ってからだろうか、当たりがこなくなってしまい辺りから魚が消えてしまったかの様な空気が流れ始める。

 そして最初の台詞が出てきたわけだ。

 「潮の満ち引きではないみたいだし、どうなってるんだろうか?」

 「ふむぅ・・・、そうなると場所を変えた方がいいのかもしれないな。」

 「それもまた有りかもね。」

 「どうします?」

 「俺はここでもう少し粘りますよ。朱色さんは?」

 「私は移動してみますわ。見える場所にいますんで、何かあったら来て下さいな。」

 「了解。」

 そういうと朱色の羽はリールを巻き糸を引き上げて、クーラーボックスを担ぐと別のところへと移動していく。

 それを見送りつつネームレスは水面を見つつ、魚の当たりを待った。

 この時、二人は気付いていなかった水の中でじっと見詰めている影があったのだ。

 たゆたう水面から一人の男を観察し、ポッと頬を染め機会が訪れるのをじっと待つ影。

 男は気が付かないまま時間は流れていき。

 暇そうに蒼を眺めていると静かな湖面に波紋が波打ち、獲物が掛かったことを知らせてくれるのだが・・・。

 「んっ?引いているのか・・・?前の鯵や鯖より手応えが違うぞ!?」

 餌に食いついた魚は進む方向へ行けない引力と混乱する事により起こる自己防衛本能で釣り人と引き合いとなるのだが・・・。

 これは何かが違うらしい。

 定石では、暴れる魚はなすがままに泳がせて糸を伸ばし。

 疲れてきたところを引き上げるのだが、この獲物は暴れるということをせずに釣り上げられる事をまっているような節がある。

 「大物や根掛りって訳ではなさそうだけど・・・。」

 不思議な感覚のまま糸を巻き、釣りに掛かった獲物を引っ張り出すと・・・。

 「・・・。」

 背中の水着、いや鱗に釣り針が刺さっているサハギンがそこにいた。

 掛かった獲物をジッと見るネームレス。

 目と目が合い、見詰め合っていると彼女の顔が赤くなり両手を頬に付けて恥らうように目を逸らす。

 「・・・。」

 そして彼は・・・。

 何事もなかったかのようにサハギンを水の中へと戻して目の前で起きた事を忘れようとするが、糸からは当たりを知らせる引きが今も竿に届いてくる。

 仕方なしにもう一度引っ張り上げるが、そこには同じ結果しかない。

 「・・・。」

 やはり彼は・・・。

 海へと彼女を戻そうとするが、当のサハギンはネームレスの行動に慌てふためき。

 彼に水の中へと返されないうちに空を蹴って振り子を作り防波堤の上へと上がろうとしていた。

 だが、現実は非常なもので弧を描き、飛んでいった先には消波塊であるテトラポットが積まれており、彼女は勢いよくその塊へとぶつかってしまう。

 物と物が衝突する音が辺りに響き、サハギンは気絶したのか海へと落ちピクリともせずに仰向けで波に身を預けて漂っている。

 「・・・。助けないといけないよな。」

 竿をコンクリートの床に置いてネームレスは彼女の所へと向かっていった。

 一方・・・。

 「うーん。こっちも外れ臭いなぁ〜。」

 場所を移して糸を垂らしていた朱色の羽だが、釣果は上がらずにいた。

 そう易々と場所を変えただけで釣れるのなら誰もが名人である。

 ただ海に向かって伸びる糸を眺めつつ視界の先にいる友人へと目を向けると彼が防波堤の下へと降りていく姿が目に映った。

 「根掛りでもしたから糸でも切りに行くのか?いやいや、だったら竿近くの方を切った方が安全だろう。」

 どうしてその行動をとっているか理解できないが、万が一に備えて
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