「ういっくっ・・・。」
瓢箪を片手に持ち、もう片方には無数の傷が付いた木刀を握り千鳥足になりながら眼下の光景を見る。
月明かり、星明り、落ちて紙と竹組みに燃え移った提灯の火が照らす地面。
数打ちの刀と襤褸の着流しを身に着けた男達が口から唾液を垂らし、白目をむいて倒れているだけ。
「あんたら・・・、浪人かい?それとも・・・、追い剥ぎの賊かい?どちらにしろなんで俺が死んでないんだ?」
言葉を漏らしたところで答えてはくれない。
自分で打ちのめした成れの果てなのだから。
「けっ・・・。また生き残っちまった。しょうがない奉行所の前に捨てとくか。」
寝転がってる男三人を一人担ぎ、二人担ぎ、三人目は着物の襟首を掴んで引き摺り町場の役所がある方へと歩いていく。
土と着流しが擦れる音、二人分の重み。
慣れてしまったことでの鈍りを感じながら日が落ちて寝息や淫声がそこらから耳に届く長屋街へとやってきた。
奉行所まで後少しと、歩を進めようとすると・・・。
「そこの主。こんな夜明けに何をしておる?」
明かりを手に巡回していた役人に声をかけられる。
「おぅ、丁度良かった。お役人殿、こいつらお願いしますわ。」
「ぬっ?こやつらは・・・。」
「人が酒を飲んで気持ち良く塒へ帰ろうとしてたのを邪魔してきたんですよ。」
担いでいた奴、引き摺ってきた奴を目の前に出して事情を説明していく。
「いきなり抜刀して、何も言わずに斬りかかってきたんで思わず伸しっちまったんで・・・。」
「一人でか?それにしてもこの人相・・・。」
「はい、街道の外れや裏で盗みや殺しをしていた下手人の描き絵と一致します。」
「ここまで持ってきたんで、後任せますわ。」
荷が降りたので塒へ引き返そうとすると肩を掴まれてしまう。
「待て待て、お前さん。名ぐらい聞かせてくれないか?」
「お耳を汚す名ですんで、勘弁してください。」
手を解き、ひらひらと掌を振ってその場を後にして自分の来た道を戻っていき。
長屋街から少し離れたところで腰に付けた瓢箪を取り、栓を抜いて中にはいっている碁仙鬼で喉を潤すと、再び歩き始めた。
名か、先程尋ねられた事をふと思い出す。
石畳が土へと変わり茶の敷物にぽつりぽつりと緑が顔を出してきた。
道を進みながら口からは己を識別する名称が零れる。
「黒翼、か・・・。」
春が吹き、夏が昇り始める時期。
風は温かいが自分の名を言った心は寒く冷たい。
優しく包んでくれる今夜の満ちた月を尻目に整備された街道とは違う裏の道。
人の滅多に通りはせずに獣道と化した旧道の草を踏んで進んでいく。
暫く行くと木々の数が増えていき、更に歩いていくと左手に暗く緑に隠れているが石段が置かれている場所へと辿り着いた。
酔いが回って千鳥な足を面倒だが一回一回と上げていき、段を上り目的の場所を目指す。
次第に見えてくる朽ちた瓦と骨組み剥き出しの屋根、数を重ねることに事に姿を露わにしていく塒。
廃寺というか廃社というか、今にも崩れ落ちそうな建物が出迎えてくれ。
その中へ入って床が軋む音を鳴らしながら適当な所へ腰を落ち着かせ、そのまま寝転がる。
酔っていた性もあってか、目蓋を下ろすと程なく意識は落ちていった。
霞がかった視野、虚ろな思考。
それは眼前に広がる光景を受けいれるには充分な条件で。
土手の上に構えられた茶屋、田の真ん中にある庄屋、稲を植え付けている知った顔や畦道を走り回り無邪気に遊ぶ子供達。
懐かしき郷が、生まれ育った土地がそこにはある。
百を超えるかどうかの小さな集落、だけれど人妖寄り添って細々と暮らしてた場所に、村の入り口ともいえる土手の上に俺は立っていた。
帰ってきたのだと歓喜に震え、目尻に涙が溜まろうとするがそれは溢れ出すこともなく。
自身の感情を無視するかように足は進んでいき、何かを成そうとしている。
駆け寄ってきた子供達の頭を撫で、擦れ違う顔見知りと会話をし、馴染みからの飲み誘いを断り、向かう先は庄屋の屋敷。
そこまできて、これが何を示しているのか理解できた。
俺は悪夢を見ているのだ。
目的地に辿り着き、家へと上げられ応接の間で主と会う、この時に交わした会話の内容は今も覚えている。
だが、夢の顛末を知っている身として、こんな話よりもすべき事が言わねばならぬ事があるのに口はつまらぬ事を喋り、真に伝えようとしたいことを吐いてはくれない。
一頻り話終えるとその場から立ち上がり、庄屋の屋敷を後にした。
次は、父と母に顔を見せに行ったはずだ。
村を出て領主様の元で働いている俺は実家に帰る機会が少なく、有事を伝える時ぐらいにしか顔を見せられない。
家に帰
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