「あーっ、これは駄目だ。」
左で持った陶器の皿をそのまま地面に落とし、次のものに手を掛ける。
「これは・・・、皹が深いな。駄目っ、と。」
「おう、紅鳥。どうかの今回のは。」
「三十ばかり焼かせてもらいましたが、今のところどうにも人様に出せるものは二、三品だけですね。」
皹の入った土塊を落としながら様子を見に来てくれた人物に返事をした。
この人はこの窯の持ち主であり俺の師でもある人だ。
「ふむ、妥協を許さんお前さんらしいのう。ちいとふり幅を広げてやれば自分で窯も持てるだろうに。」
「いえ、こればかりは人様に売るという時点で自分の納得したものしか出すことはできませんよ。師匠もそうでしょう?」
「まあ、そうじゃな。ワシもここまでくるのに長かったからのう。」
「でしょうね。」
誰もが通る道の話しをしていると、弟弟子が師匠を呼ぶ声が聞こえてくる。
「おぉ。今日は鬼の宴に甕を納品する日じゃったわい。」
「手伝いましょか?」
「いんや、お主も店の方があるじゃろ。他の弟子達も来る頃合いじゃから自分の事をやりんさい。」
「わ、わかりました。」
そういうと、師は手をひらひらと振りながら作業場へ帰っていった。
「さてと、次を見ますかね。」
後ろ姿を見送った後、また自分の作品との睨めっこを始めていく。
結局、その窯から出して満足できたのは五つだけだった。
店へと戻り、戸を引っ張り開けて持って帰ってきた器を棚へ並べ全体を見る。
「まだ、これだけなんだよな。」
商品として扱っている作品を見て溜め息が出そうになり、それを押し込めた。
二十作品、これだけしかないのだ。
「目下の課題は質の向上ってところか。」
そう呟き、顎を摩りながら店の中へと入っていく。
今日も焼き物屋「鳥」の主としての時間が始まっていった。
「兄さん。これどれくらいなの?」
「こいつはこれ程かな。」
算盤を弾き、値を提示してやると小鬼の少女は顰め面をする。
「ちいと高くないかい?二つでこれなら買わせてもらうけど。」
「おいおい、これがいい値だぜ?嫌なら師匠のところへ行くといい。安上がりで済むぞ。」
「私はこれが気に入ったんだ。なあ、兄さんもう少しなんとかしてよ。」
必死に訴えてくる少女の顔。
こういうのに弱いんだよな。
「はぁ・・・、今回限りだぞ。」
提示額より一割五分程引いて、再度見せてやると。
「兄さんあんた良い人だよ。ここのこと仲間にも宣伝しとくよ。」
「ははは、よろしくな。」
茶碗を抱きかかえ、嬉しそうにくるくると回ると銭を払い。
壊れ物を扱う様に自分の頭陀袋に入れて去っていった。
「また値引きなんかして、おまんま食えんこうなっても知らんよ?」
少女を見送り、後ろ姿に軽く手を振っていると不意に声をかけられる。
「売れん方がよっぽどおまんま食えんだろう。ほっとけ。」
声の主へ顔を向け、自分がしたことへの弁解を吐く。
立っていたのは小袖を着た俺より少し若い女。
だがこいつは只の女じゃない。
「それに人化してるってことは仕事中だろ?いいのか油売ってて。」
「いけずやね。せっかくええ巻物手に入ったから持ってきたのに。」
丸い尾をポロリと覗かせ、人化の術を解きその姿を露わにしていき。耳と目の辺りに浮かび上がる黒い模様。
本来の刑部狸としての姿へ戻ったようだ。
「ほれ、この格好ならええやろ?これで今は休息時ってことで。」
「勝手にしてくれ。で、その巻物が何だって?春画か?」
呆れ、頭を掻きながらこいつが持ってきそうな品物を上げてみる。
「阿呆!うちが年がら年中そんなもん売りつけに来るか!」
「前は来てただろうが・・・。」
この助平狸は所帯持ちの人妻の癖に商うものは張り形や春画、大陸由来の虜の実等。
好色物しか扱っていない。
まあ、独り身としては世話になりはしたがな。
「!!ま、前は前!今は今!これを見てから言ってもらおうやないかい!」
帯を解き、巻物を広げていく。
その中身は普通に文字が列なっているだけだが、何が書いてあるかが重要だった。
「ふむ・・・。牡蠣殻の粉末、・・・を砕いたもの、松脂。読めない部分もあるが、藁灰が最後にあるところ見ると、これは釉薬の処方か。」
「そうや!紅鳥もそう思うやろ?」
「そう思う?知らずに持ってきてええ物とか言って売りつけようとしてたのか。」
「は・・・、あはははぁ・・・。」
図星だったらしく乾いた笑いを浮かべている。
まあこいつらしいか。
「で、幾らなんだ?」
「へっ?」
笑いの後は素っ頓狂な声を上げて何か
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