水分を帯びた冷たい身に刃を通す。
首元から腹へ、腹から下半身へかけてと鋭い鋼が裂いていき臓物を取り出しやすいように切り口を開く。
「・・・。傷をつけずに慎重に・・・、っと。」
身と同じ程冷えた手を中に入れ軟らかく壊れやすいものを掴み、潰さないように引きずり出して足元に置いてある桶へと放して入れ。
「さて、これでいいな。次は・・・。」
別のものへ手をつけようとすると、戸を叩く音が仕事場に届いた。
「ん?開いてるから入ってくれ。こちらは手が離せないんだ。」
その言葉が届いたのか、外にいた訪問者が戸を開けて中へと入ってくる。
すると、空間にあふれていた血の匂いと生臭さを朝独特の空気が流れ込んできて軽く作業場が洗われていく。
「おはよう。今日の分だが、いいか?」
「ああ、適当に置いておいてくれ。昨日の分の空はそこにある。」
「あれか。」
「そう、それだ。さて、代金を払おうか。」
水で満たしてある別の桶に手を入れて血と肉片で汚れ、臭いがついている手を清め。
手拭いで水分を落すと奥の座敷へ銭の入った巾着を取りに戻る。
「鳥の字、すまないが明日からものをもってこれそうにない。」
「おっ?どうした?」
金属のぶつかり合う音を鳴らしながら仕事場に戻ってくると、仕入れができなくなるという言葉が耳に入った。
「嫁の一人が身籠ってな。重身で海にはいらせるわけにはいかんから、ものが獲れなくてこちらへ卸せないんだ。」
「海にということは蛸の方か、懐妊とはめでたいな。重身に無茶はさせれんだろう。気にすることはないさ、それならこちらも祝いでちいと色をつけてやるかね。」
「色々悪いな。」
「得意さまだろう、祝いぐらいださせろよ。」
申し訳なさそうな声質だがしっかりと銭は受け取り懐へ収めている。
ちゃっかりした男だ。
「さて、もう一人が見てるが側にいてやりたいからな。そろそろ帰らせてもらうぞ。」
「そうか、また海に入れるようになったら頼む。」
「わかった。」
手を左右に振り、仕入先の一人である紅鳥は帰っていき仕事場に再び静寂が訪れた。
「さて、新しいものもきたし。続きといくか。」
作業をしていた台の前に戻り、再び水で手を清め。
銭の金物の匂いを落し上がってしまった手の温度を下げて桶の中に残っているもの俎板に置き仕事の続きへと移る。
身を開き、下して下拵えを済ませ商品にするための加工をしていく。
そのまま干すものは別桶に移し、それ以外はつけ汁に浸すものや塩を刷り込むものとに分けて運び1匹づつ丁寧に汁が身に染み込むように、塩が身に行きわたる様にしていき。
日が昇り始めるころまでその作業は続いた。
「一段落ついたし、そろそろ干しにかかるかね。」
卸の商人から魚を買い、捌いて干し。
それを販売する。
生業を干物屋なんてものをしてるから色々と気にしなければ仕事ができない。
前日に仕込んだものの所へ足を運び、奥に置いていた樽の元へ向かう。
「天気もいいから具合よくいきそうだな。後は・・・、風かな。」
外から入る日差しで光の加減は確認できるが家に入る風だけではその日の風量まではわからないのだ。
樽を運びながら戸を開けて庭へと出ると暖かな光と穏やかな風が肌を掠め、干すには丁度いい状態となっていた。
「これはいい。」
竹で組まれ、簾が斜めに掛けられた干場へと歩いていき。
樽に詰まっている仕込まれた魚を取り出して並べていく。
「そういえば今日の分はいいが明日からのを考えるとどこから仕入れをしないと・・・。」
紅鳥が持ってきてくれる分が明日から無くなることを思うと、それに対して埋め合わせをしなければいけない。
数が減るという事はこちらの商品もへるということになるからだ。
そんなことを考えていると。
「にゃ!」
まるで察したかのように後ろから鳴き声が聞こえてくる。
「藍か、いつも干物の見張りありがとう。今日は家の留守番も頼みたいんだけどいいかな?」
「にゃ?」
「友人の仕入れが明日から無くなるんだ。だから漁港へ用事があってね。」
「にゃ!」
「じゃ、よろしく頼むよ。」
人語を理解したように鳴くこの猫。
名前は藍。
半月程前に川で溺れていた所を助けてから妙に顔を出すようになり、最後には家に居着いてしまったのだ。
撫でてやろうとすれば逃げ、だが付かず離れずで側にいてくれる変わった猫だが・・・。
干してる干物に近づくものを追い払ってくれたり、家を留守にする時に番をしてくれたりと頼もしく。
信頼関係が生まれていて、色々と任せることができる。
まさかきまぐれで助けた猫がここまで尽くしてくれる
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