吾輩は豚である。されど、ただの豚にあらず。
正確に言うのであれば、“魔界生まれ”の豚なのである。
その為か、普通の豚よりも十倍以上に大きく、漆黒の皮膚、さらに立派な牙まで生えている。
「おはよー、フータ!」
今、挨拶をしてくれたのは吾輩の主。まだ十になったばかりの少年だ。
今日も元気いっぱいのようで、嬉しい限り。
主とはもう、五年ばかりの付き合いになる。
吾輩がまだ仔豚の頃、売られていたのを主の両親が買ってくれたのだ。
それ以来、ずっと共に過ごしてきた。自惚れでなければ、家族といっても差し支えないかもしれぬ。
「さぁ、おさんぽにいこー!」
この朝の時間帯には欠かさず、村に散歩へ連れて行ってくれる。
魔物も多く暮らしている為、吾輩のような存在も、全く問題にされていない。
たまに屍娘が噛み付いてきたり、トカゲ娘が挑んでくるのが面倒。
もちろん、前者は軽く噛み返して追い払い、後者は返り討ちにしてやった。
「おぉ〜、少年! おはよう!」
「おはよ〜、ハーピーのおねえさん!」
今日、最初に遭遇した魔物は、配達屋で働く鳥娘。
挨拶する時に、主を抱きしめるのは止めてもらえないだろうか。主も嫌がって欲しい。
「おねえさん、いいにおい〜」
「相変わらず良い抱き心地だなー…このままお持ち帰りしたい」
後半の発言、言うだけなら許容範囲。だが実行しようものなら、突進喰らわす。
敵意をこめた視線と地面を蹴る仕草に、渋々といった表情で鳥娘は離れた。
「おっと、フータくんのお散歩の邪魔はこれ以上できないし、そろそろ行くね?」
「うん、お仕事がんばってね〜」
相変わらず主は、魔物に好かれる。純粋な人間の子供なのに、不思議と魅力がある。
あらゆる種族が、様々な方法で誘惑してくる。時には、押し倒すという暴挙に出る者まで出る始末。
そんな不埒な輩から主を護る為、吾輩は存在するのである。
「さっ、いくよ〜」
さて、また今日も、何匹もの魔物が近づいてくる事だろう。
ここからが本番。気を引き締めていこう――。
「ん〜。…おはようございます、ボウヤ。そしておやすみなさい…」
「ワーシープさん、もこもこ〜…ぐぅ」
胸の脂肪と毛皮を押し付けてくる羊娘。このままではぐっすりと眠ってしまう。
何とか引き剥がし、寝ぼけ眼の主と共に散歩を再開。草原付近は牛女も存在するので危険。
「あら可愛い子ね。いらっしゃい…♪」
「わ〜、きれいなミツ〜!」
林から湧いてきた花娘の葉っぱを、容赦なくむしる。
抗議してもむしる。涙目になってもむしる。とにかくむしる。
「ひどい…グスン」
「ごめんなさい、おねえさん。ダメだよフータ、女の子にはやさしくしなきゃ」
怒られた。さすがにやり過ぎたかと反省しつつ、むしった葉っぱをもぐもぐ。…マズい。
哀愁漂う背中で去っていく花娘を見送る。植物にも警戒せねば。
「…ふむ小僧。運が良かったな、我のものとなる権利を…」
子供である主を物扱いする、物騒な翼トカゲ女めがけ突進。突然でかわせなかったのか、クリーンヒット。
目にも止まらぬ速さでお星様になってくれた。あんなのが最高位の魔物とは、色々な意味で恐ろしい。
「わー。ドラゴンさん、あんなにはやくとべるんだー」
吾輩、見た目とは裏腹に、常人では目に追えない位に速く動ける。
無邪気にも、主には普通に翼で飛んでいったように見えたようだ。
怒られるのは嫌なので、バレなかった事と、危険な存在を排除できて一安心。空の警戒も怠れない。
「………」
「スリスリ〜♪」
無言で主の頬に、自らの頬をこすりつける魚娘。顔を赤らめながら。
恥ずかしがり屋なのか、一定の時間が経つと、川の中へ戻っていく。今時、珍しい。
世の中の魔物娘がこれくらい奥ゆかしければいいなと思いつつ、川沿いを注意しつつ去る。
すでに我が家が見えてきた。今日の散歩はもうすぐ終わりだろう――。
「おつかれさま〜。ゆっくり休んでね」
無事に散歩を終えると、いつも通り、鼻の周りを撫でてくれる。…気持ちがいい。
この一時も、吾輩の楽しみのひとつである。手のぬくもりで、眠くなってくる。
「朝ごはんよ〜。入りなさいな」
「は〜い! あとでね、フータ!」
ぬくもりが無くなった。少し残念だが、主の大はしゃぎする様を見ると、何も言えなくなる。
家に入る主と母様を見送ると、地面に身体を委ねる。少し疲れた。
お昼の為に、ゆっくりと食事を頂き、休むとしよう――。
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