ママドールはすぐそばにいる。

僕は、だらだらと夕暮れの道を歩いていた。思うことは、一つ。

ああ、“今日も価値がない一日“だったなと。

未来に何の希望も抱けず、ただただ時間を浪費する日々。
目の前の苦痛を避ける努力をするでもなく、ただじっと待つだけ。
目の前にあるアパートのドアはそんな僕の取るに足らない世界を表しているかのようだ。


「……今日は何を見ようか」


 取り立てて趣味がない割には、スマホゲームの石に似てウェブは必須のアイテムだった。
スマホなどいつでも見ているのに動画を見てからでないと眠れないのだ。
もっともだらだらと眺めているせいでいで寝るのが遅くなり、日中は寝不足に悩まされるという本末転倒なことが起きていた。

「飯…いいや、カップラーメンで」

僕がそういいながらドアを開けた時だった。

「おかえりなさぁい」

誰かが、僕を迎えてくれた。
少し呆けたかと思うと、僕は泥棒かと思い慌ててキョロキョロとあたりをうかがうも、だれもいない。
首を傾げた時、声の主はそこにいた。
僕は、声の主の方に目を向けるまで視線をずっと下に向けなければいけなかった。

「今日からあなたのママになるティナよ、めいいっぱい甘えていいね?」

玄関に座ってにしゃべっていたのは、かわいい女の子だ。
ビロードのように美しくさらさらと輝く銀髪、サファイアでできたような眼。
見たこともないような美しい生地でできた、ゴスロリのようなドレス。
陶磁器のように傷一つない、完璧で美しい陶磁器のような肌。
まるで、人間ではなく作り物のような……そう、人形みたいに。

にん……ぎょう、みたいに。


「に、人形がしゃべった!?」
「そうよぉ、ドールであなたのママ、ママドールよぉ」


僕は腰を抜かしてへたり込むが、すぐにドアを閉める。
あまり叫んでいると近所迷惑になるし、動く人形と一緒にいたらどんな噂が立つかわからない。
いったいなんなのだ、この女は。
というかなんで人形がしゃべっているんだ。

「もぉ、おおきな声だしちゃあ近所迷惑よぉ」
「誰のせいだよ」

人形……自称ティナをじろりとにらむ。すると、にっこりと笑って花が咲くような笑顔をこちらに向けてくる。
おもわずつられてこちらも笑ってしまいそうになるが、なんとか頭を冷静にしようと努力する。

そもそもこの人形は何、どこから入ってきた?

人形がしゃべるという異常事態に忘れていたが、さっきから聞き捨てならないことを言っていた。

「キミ、どっから来た?てかそもそもママってなんだよ、バーか何か」
「ママをキミ呼ばわりだなんて準ったら反抗期かしら?」

反抗期もきてなさそうな幼い外見の彼女になぜそんなことをいられなきゃならんのか。
こちらの理不尽な思いを無視してまあいいわ、と彼女は言うと浮かび上がって僕の目線に合わせる。

「私はティナ。リビングドールという魔物娘よ」

そして彼女は昔話をするように語った。
魔物娘のこと。リビングドールと言う種族のこと。
そして、ティナのこと。

「つまり、人形だけど生き物だと。なんだよそれ、わけわかん」
「まあ初めて聞くけど混乱するわよね」


彼女の説明は突拍子もなさ過ぎてわかるんだけど理解できなかった。
別の世界だの、人間に似ているけど魔物だとといわれてもそう簡単に理解できるはずがない。
人形がしゃべっている状況ですらいっぱいいっぱいなのだ。
しかし大事なことはそこではない。

「というか一番大事なこと話してないだろ」
「私のスリーサイズ?」
「ちげぇよ!なんで…ティナが僕のママなんだよ」


僕がそういうと彼女は信じられないという風に驚き、そして大げさに悲しそうに身振りをする。


「それを話すには聞くも涙、言うも涙の物語が……」
「いや、簡潔に話してくれよ」
「そうねえ、難しいけどズバリ」

彼女はさっきの悲しそうなしぐさをどこへやら、ビシッと胸を張る。
同時にドレスのフリルが揺れ、胸は揺れない。

「私が準のママになりたいと思ったからよ!」
「あ、そう。勝手になればいいんじゃない?」


僕はさっさと靴を脱ぐと早々に布団へと向かおうとした。
こういう手合いは反応してはいけないのだ。
ただでさえ疲れているのにこれ以上相手にしていたら気力がなくなってしまいそうだ。

布団でもかぶってスマホのゲームを進めようと思った。

「あら準もう寝るの?ならママが添い寝してあげる」
「いや出てけよ」

僕がため息をつきながら振り向くと、彼女は何やらぶつぶつと言って指をくるくると回す。
魔法か何かか、とでも言おうとしてくらっと立ち眩みがする。
そのまま体がふわりと浮かんで、いつの間にか体は布団に収まり、瞼がとろんと落ちそうになる。

(な、なにが起きてるんだ……?)

まさか、本当に魔法を使っ
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