会いに行った日のこと

「ねぇ、桐谷。なんでカレーの中に卵が入っているの?」

首を傾げて尋ねる。ダウマーにとって温泉卵を入れたカレーと言うものにはなじみがなかった。
そうドワーフが訪ねると、桐谷は少し笑みを浮かべるとかがんでいった。

「僕が君くらいの背丈の頃、家族そろっておいしいカレー屋に行ったんだ。そして、一番おいしかったのが卵カレーでね。それから晩御飯にカレーが出る日には必ず

卵カレーをねだったんだ」
「……みんな卵やカレーが大好きよね」

ダウマーは露骨ではないが子ども扱いされたことにムットするが、とりあえず桐谷がこのカレーにとても思い入れがあるのがわかった。
思い出のもの、と言うものは理屈を超えてしまうものだ。インゲは今でも自分の作った髪飾りを身に着けてくれるし、
自分の銀細工も教授がいなければここまで熱心にやらなかったかもしれない。

「じゃあさ、あたしも今度教えてくれない?」

彼が好きなカレーなら、自分が作っても損はないだろう。
桐谷を満足させられる料理を作れれば、彼に貸を作ることもできるかもしれない。
ダウマーは少し笑みを浮かべて提案するが、桐谷は寂しそうに笑った。

「それは無理だよ。だって、僕たちはもう会えないんだから】
「え……」

桐谷はエプロンを脱ぐと、そのまま玄関に向かった。
呆然としていたダウマーは、慌てて追いかける。

「待ちなさい!どこへ行くの、一体どういう意味なの!?」

思わず呆然としたダウマーは慌てて追いかけるが、玄関のドアは開かず……。
自分の叫びは虚空へと消えていった。

思わずバネのようにはね起きる。
いつもの、見慣れた自分の寝室だった。


「夢、か……」



ぐつぐつと煮えるカレーを見つめる。
そして、お湯の中で温めておいた卵を開く。
固ゆで卵。

ダウマーはため息をつく。
最後に会った日に、卵カレーの思い出を聞かされてから何回か挑戦しているが、なかなか
上手くいかない。

あれから、桐谷との連絡はとれ無かった。
彼と連絡を取れる両親に聞いても、首を振るだけだった。


それからの日々、ダウマーの様子はいつもと変わらない生活をしているように見えた。

家に帰れば料理をして、空いた時間に銀細工を作る。
インゲと話して、教授の元へ通って、アンナとぶつかって。
料理するようになったこと、アンナと会話するようになったことをのぞいて。
桐谷がいないこと二もまるで慣れてしまったかのようだ。

だが、その一方で旅行のための準備を進め包丁を作成するなどいつもとは違うことをしていた。
こうやって最近卵カレーに挑戦しているのもそれだ。

三角巾とエプロンを外して、一休み。
ふと、鏡を見る。
翠色の目も、桃色に近い肌の色も同じだった。
なのに。


「……我ながら、酷い顔ね」


姿見に移る自分の顔は寝不足だった時のように目に活力がない。
じっと鏡を見ていると、目もとの黒子(ほくろ)がなぜか涙を流しているように見えた。


「やっぱり、待っているだけなんてあたしにはあわない」


まるで自分に言い聞かせるようにつぶやく。
ぼんやりと時計をながめると、両親が家に帰ってくる時間だ。
自分が、話があると二人を呼んだのだ。

ダウマーはある目的のために準備をしていた。
そしてその計画はインゲには話してある。


手にしたのは、自分で作った大人サイズの包丁。
やがて、鍵を開ける音が聞こえた。
両親の声が聞こえてきたので、玄関まで向かった。


「父さん、母さん。あたし、街へ行こうと思うの」


食事の席でダウマーはそう宣言した。
両親は顔を見合わせ、向き直ると頷いた。
何と言っていいかわからないと言いたげな釈然としない表情だ。
やがて父フレゼリクが口を開く。

「それはいいが…何をしに?」
「街へ行く。そして桐谷を探し出す」

言った自分が驚くくらいはっきりと答えていた。
フレゼリクは目を見開き、そして言いにくそうに答えた。

「ダウマー、それは……」

フレゼリクは困ったように髭をなでる。
そのままマリーと目を合わせると、マリーが口を開いた。


「ねぇ、ダウマー。それはちょっと難しいわ。街の中から1人を探すのは地面に落ちた針を探すくらい難しいのよ?
それに桐谷君を見つけたとしても、避けられる可能性もあるわ」


豪快な母にしては珍しく言い聞かせるような言い方。
無理もないだろう。桐谷を恋人だと言ったことはない。二人とも、自分だけでなく桐谷を心配しているのだろう。
その上で、自分を説得しようとしているのだと思う。
父がうなずいて母の言葉を引き継ぐ。


「母さんの言う通りだ。それに今の彼はそっとしておいたほうがいいのかもしれない……
人間の、心の傷は時が立つことでしか癒せないこともあるんだ」


なるほど、大人として正しい
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