青々と視した草木や、野原の上を吹き渡っていく初夏の風は、
こんな田舎の村にも訪れていた。
セミの大合唱が響く中、ダウマーは走っていた。
いつもと違うのは、その格好。
やや露出とベルトの多い革の衣装、頭にはゴーグル。母から借りた金属製の籠手(こて)を利き手側に。
背中は大きなハンマーを背負っている。
外の人間が見れば仮装かと勘違いしてしまいそうになるが、立派なドワーフ族の正装だ。
その証拠に、わずかすれ違うドワーフたちも特に注目することなく歩いている。
なお、成人の証である籠手以外はいずれも自分で作った物だ。
走るダウマーの姿は、太陽に輝くピンクオレンジ色の髪の毛も合わさって幻想的に見える。
近くから見ると走る彼女は汗だくだ。
革の衣装は丈夫だが通気性のないのだから無理もない。
自然が多いだけ都会よりも風の通りがいいが、かわりにセミの大合唱が暑苦しい。
(暑い……ミンミンうるさい……アンナが耳元で騒いでいるみたい)
熱さのせいか、そんな事を考える。
プライドが高いアンナが聞けば気温が上がるくらい怒ることだろう。
彼女はこの天気の中、風通しの良くない服で走っているのか?
それは、実技の授業のために体力づくりのためだった。
実技の主な目的。
それは魔物として力をコントロールする方法を身につけることだ。
基本的に魔物が人間を襲うことは万に一つもないが、魔物娘の故郷たる異世界では逆に魔物が冒険者を名乗るならず者に襲われることは珍しくなかったという。
ダウマーからすれば、「昔の人間には力の強い人がいたんだな」と思っただけなのだが。
襲われ無いためにも自衛手段を学ぶことは必須だった(らしい)。
とは、言うものの。
安全な現代での生活がしているダウマーにはピンと来ない話だし、護身の技術を使う機会は無いのだが
今でもこの村の「伝統」として残されているのだという。
実技を行う時も昔ながらのドワーフの格好で行うことが決まりになっているのだとか。
すべて授業の受けうりだが。
伝統のために暑さを絶えなくちゃいけないなんて、と不満を顔に出さないわけにはいかないだろう。
しかし今のダウマーの表情はやや晴れやかなのがわかっただろう。
それは以前から両親が写真を撮るために着せられたから着慣れていると言うだけではなかった。
ふふっとダウマーは笑う。
いまでもどちらかと言えば少し鋭い目つきではあるものの、難しそうにへの字に曲げた口は今
ではおだやかな笑みを浮かべている。
以前の彼女なら、なかなか浮かべなかった表情だ。
(−−緑の葉、朝顔、青い空ーー)
(綺麗、だな)
ダウマーの心に変化があったのだろうか。
以前ならおもしろくもない田舎の風景だなあ、としか思わなかったのだから。
彼女は走りながら、初夏の緑を目で、心で味わっていた。
桐谷と街へいってからだろうか。
街の空気を感じたダウマーは自分の村をもっと知ろうと思った彼女は、周囲の景色をよく眺めるようになった。
葉の緑を、空の青を、小さな花を。
そうした普段見知っていたものが、彼女の目を楽しませていた。
自分はそこにある景色になぜ目を向けなかったのだろうと思うほどに。
じっと花を見つめていると、たらりと汗が流れた。
「___まあ、この暑さだけはどうしても慣れないけどね」
ロマンチックな気分は続かなかった。
内面の変化などお天道様は知ったことではない。
夏の暑さはこれから増していくはずだ。
自分はインゲのように女の子らしく、そして魔物娘らしくはなれないのだ。
改めて村を見渡してため息をつく。
自然が多いためか都会よりかはマシだが、それでも暑いことには変わりない。
ぎらぎらと照りつける太陽が、肌を照らす。おまけにじめじめした熱さ追い討ちをかけるのだ。
おまけに虫も多く、たまに顔にぶつかってくる。
汗が目元に落ちてきたのを、乱暴に払うと少しべたつく感触と、かすかな汗のにおいがした。
魔物娘は人と比べると、汗をかいてもそれほど匂わないらしい。
でも、だ。
ダウマーも女の子である。汗の匂いを無視することなんてできやしない。
頭の中がシャワーを浴びることで一杯になったころ、彼女の走るその先に人影が見えた。
走る速度は速いが、事前に確認できればどうと言うことはない。
青年が道を譲ろうとするよりも先に迂回する。
彼にとってはこちらへ走ってきた少女がいつの間にか自分の後ろにワープしたように見えただろう。
あの時のように人を跳ね飛ばすことは防げたようだ。
「ぶつか…あれ?」
「こんにちは」
「え、ああこんにちは」
気づいてないふりをしてあいさつ。
その時ににっこりと笑顔を作ることも忘れない。
すると青年もつられたようにぎ
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