「きっとプリンを食べに行くから!」
フードをかぶった子が、そう言った。
いつのことだかは、わからない。
僕は予期せぬ来客に手間取っていた。
「ねえ、お兄さん、カスタードプディング作ってよ」
「え」
「だからプリンだよ、鈍いなあ……」
僕は先ほどまで家で数少ない休日を満喫していたが、その平穏は今の一言で終わりを告げた。
コンコンとノックがあったのでドアを開けると立っていたのは小柄な少女。
頭にはゴーグルとモフモフとしたかわいい獣耳をのっけた少女は開口一番にそういったのだった。
彼女の妙な格好について思案した末、、彼女はお祭り気分で仮装していのだと結論づけた。きっとお祭りの日にその格好で何か見世物にでもするのではないか。
きっと御ひねりの代わりにお菓子を受け取ろうと考えているのかもしれない。
「それじゃあ、なにか面白いものを見せてくれるならいいよ……プリンはないけど」
とまあ、考えに無理がある上に僕の家に来る理由がわからないが、このまま返すのはかわいそうだ。
少女を家に上げると、
「わぁ、汚っい家」
彼女は満面の笑みでぐさりと言葉の棘を刺してきた。中に入れたことをちょっとだけ後悔。
彼女の将来を心配しながら台所へ向かう。
使いこんではいるが、丁寧に手入れをしている料理道具。
代り映えのしない、僕の日常のようだ。
そう言えば、戸棚の中にクッキーはまだあったかな?
「あのね、君」
「ベルマ」
「ベルマ、どうしてこの家にプリンを食べてきたんだい?おいしいプリンが食べたいんだろ?そうだね、あそこの金誠堂なんてよさそうだぞ。少なくとも、ここよりはずっとね」
はなけなしの蜂蜜をビスケットにかけながら訪ねる。
家はどう見てもお菓子屋さんに見えず、こじんまりとした借家である。人一人がただ寝て起きるだけの空間。どう贔屓目に見てもプリンどころかお菓子が出てくるようには思えない。
ちなみにさびれているが清掃は欠かしていないので清潔である。決して汚い家ではないのだ。
話は戻るけど金誠堂はここらでは有名な菓子店だ。
気取った内装の店内に最高品質のお菓子を売るのだ……おなじくお高くとまったお客に。
そんなお店だから正直仮装した子供が行ったところで相手にしてくれるかどうかはわからない。
癪だがおいしいプリンを食べるにはあの店以外ないだろう。
「あの店のプディングなんてあなたの作るものに比べたらえーと、月とすっぽんぽんね!」
「それを言うなら月と鼈ね。でも僕が作ったのはずっと昔だ。だからこれで我慢しなさい」
「カスタードプディングが欲しいのに」
ぷう、と頬を膨らませる。彼女は目の前のお菓子に見向きもせず、家じゅうのものを弄り始めた。
彼女が使うなにやら難しそうな機械をみながら妙な子だな、と思った。
ひょこひょこと耳がご機嫌に動く。
「ほめてもらって光栄だけど、材料も道具もないんだ。こんなところに住んでいる僕がおいしいプリンを作れるとは思えないけど」
「そんなことないよ、三年前あなたが作ってくれたでしょ?忘れたとは言わせないよ……よーし、これで家を動かせるね」
「い、家を動かす?ベルマ、まさか君は…」
「グレムリンだけど?」
彼女はいたずらを成功させた悪童のようににやりとわらう。手には赤いボタン。
「すごいもの見せてあげる!ぽちっとな☆」
「いますぐやめなさっ!?」
僕は言葉をつづけることはできなかった。家が揺れたかと思うと、馬車の車輪が走るときのようなけたたましい音が鳴り響き、家の中が揺れ始める。
慌てて外に目を向けるとそのと風景が走っていた。
家全体が馬車のようになっていて、ものすごい勢いで町中を走っていた。
「な、なんだこりゃああああ」
「家が移動しているだけだけど?改造しちゃまずかった?」
彼女が窓の外を指差すと、風景がまるで走るかのように人も建物もすごい勢いで流れていく。
グレムリンといえば古代の遺物をつかってなんでも改造してしまうとんでもない魔物娘らしいが、ここまでの出鱈目だと頭の理解が追いつかない。
「ど、どこに行くんだ」
「あたしん家!ほら、それまで外の景色でも眺めてみなよーーいい景色でしょ?」
この短い間でいろんなことが起こりすぎて、頭を冷やそうと外を眺める。
目を見開いた。
僕の目の前には、見慣れた町、僕の退屈が詰まったその場所がまるで日常ではなく。
一つの芸術のように見えて、それはまるで輝いているかのようだった。
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