夜の一品

 魔界の片隅にあるごく小さな邸宅。その食堂に二つの人影があった。揺らめく蝋燭の灯りが、邸宅の主とその背後に控えた従者の姿を照らす。ヴィクトリアンメイド風の装いだが、そのスカートは時おり蠢く不定形の何かで出来ており、人ならざる者と分かる。そして、体のそこここにある狂気を孕んだ瞳たちが、彼女が何者であるかを物語っていた。混沌より産まれた奉仕種族であるショゴスだ。
 主が空になった皿の上へフォークとナイフを置くと、食卓から紫色の触手たちが生えた。それらは音も無く、人が手渡しでするように器用な動きでもって食器を下げていく。主の口元にショゴスの手が伸び、僅かに残った唇の汚れを優しく拭った。手に持ったナプキンが唇に触れる度、ショゴスはむず痒い快楽を感じた。邸宅の調度品の全てが、この邸宅そのものがショゴスの細胞によって造られている。故に、主の唇を拭うことはショゴスにとって浅い口付けなのだ。
 水が注がれたグラスを口にし、ゆっくりと飲む。それだけの所作にショゴスは止めどない愉悦を覚え、小さく身を震わせた。はしたなくも主の膝の上に座り、水を口移しする夢想。水を飲み干した主がグラスを置くと同時にショゴスは熱い息を小さく吐いた。前菜、スープ、魚料理を終え、残す所は口休め、メインディッシュ、デザートだ。
「次は口休めでございますが……畏まりました。では、失礼いたします」
 ショゴスのひやりとする舌が主の唇を割って入り、口内を舐り回す。歯の一本一本を丁寧になぞり、舌を絡め合わせ、口内を淡い甘さの唾液で満たしていく。その甘露を飲み下した主は、口付けをしたまま席を立つとショゴスを抱え上げた。そして、ショゴスを食卓の上へ座らせて舌を抜く。口端から滴り落ちた粘液がショゴスのメイド服に染みを作るも、その染みは瞬く間に消えた。
「本日のメインディッシュは私でございます。旦那様の思うままに、どうぞお召し上がりくださいませ」
 卓上からの無作法をお許しくださいと言うと、ショゴスは後頭部で纏められた髪を解き、眼前に掲げた。
「まずは、こちらが宜しいかと存じます」
 不定形の下半身から伸びた触手の先端がナイフとフォークに変わった。夜空の深い黒で染め付けたかのような髪をフォークで巻き取り、ナイフを当てる。滑る様に切り取られた髪がはらりと揺れた。軽い口当たりのそれを噛みしめれば、サクサクとした歯触りが心地良い。極限まで細く伸ばした飴細工を思わせる髪。その淡い口溶けと甘みが、もっとショゴスを食らえと欲望を掻き立てる。食欲と性欲とが混ざり合った欲望。その欲望を孕む視線に晒されたショゴスは静かに涙を流した。
「……旦那様、ご心配は不要でございます。私は喜びに打ち震えているのです。旦那様に召し上がって頂けた私の一部が、旦那様の血肉になれるという至上の喜び。あぁ、なんという果報者でありましょうか!」
 流れ落ちる滂沱の涙を舐め取れば、温かな塩味が舌を刺激した。
 ショゴスの右目の眼窩へスプーンを滑り込ませ、くるりと捻る。抜き取られてなお虹彩は闇夜に浮かぶ満月の様な光を湛え、狂気を孕む瞳が主を見つめた。
「旦那様のお顔、そちらの瞳からも良く視えております。愛おしく想います。そのお顔も唇も歯も、本当に、本当に愛おしい」
 右目の視界は主の口内を最後に映して暗闇に飲まれた。舌で転がし弄ばれ、奥歯がグニグニと甘噛みをする。その感覚と次に来る歓喜の瞬間を思い、ショゴスは身を震わせた。
 パツッという小気味よい破裂音の後に、どろりとしたものが口内を満たした。強いとろみのある肉汁、あるいは塩気のある血塊の様なそれを良く味わい、飲み込む。
「んっ……ぁあ!」
 自身の一部が主の食道を愛撫しながら胃へ流れ落ち、胃酸に灼かれる感覚に身を悶えさせながらショゴスは絶頂した。頬に両手を当てながら恍惚とした表情を浮かべるショゴスの眼窩では、蠢く細かな触手が肉の蕾を作って瞳を再生させた。尋常の生命では起こり得ない超常、あるいは冒涜的な光景。
「肉料理には果実酒が必要かと」
 ショゴスは大きく開けさせたメイド服から胸がまろび出ているかの様に体表面を変化させた。豊かな胸の頂点はツンと尖り、その頂点からは濃い紫色の液体が溢れている。
 手の内に収まりきらない大きさの胸に顔を埋めながら一心に乳首へ吸い付く。陶酔の果実酒を煮詰めたかの様な甘味と、火酒を思わせる酒精の強さとが主の喉を灼いた。
「赤子の様にしゃぶりついて、あんっ!なんと可愛らしいのでしょうか。旦那様はおしゃぶりがお上手ですね」
 空いた片側の胸を揉む度に、その柔肉は手の内で形を変えて主を愉しませた。乳首から滴るショゴスの体液が主の手の平を濡らす。
 執拗に柔肉を揉み、硬く勃起した乳首をコリコリと捏ねる主の手に、一本の触手が絡み付いた。その触手は絡み付いた指を愛撫
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