木々が生い茂り、夜空に浮かぶ月が僅かな光である薄暗く不気味な森の中。生き物の気配はなく、フクロウの声さえ聞こえてこないそんな辺鄙な場所にポツンと一つの教会があった。壁はところどころに傷があり、窓もいくつか割れているためその教会はとうの昔に捨てられてしまったのがうかがえる。
そんな教会の中に、一人の青年の姿があった。薄く肩まで伸びた髪に黒い神父服で身を包み、女神が描かれたステンドグラスの前でただひたすらに祈っている。いや、実際は祈っているのではなくただ青年がずっと抱えているひとつの疑問の答えを求めているのである。
彼の名は『アルト』といい、一年前からこの廃れた教会にまるで身を隠すかのように住み始めたのである。彼はこの教会に訪れてから来る日も来る日もステンドグラスの前で祈りを捧げ、時折近くの村までおりてなけなしの金で食料を買い込み、時々思い立ったかのように教会の掃除などをするという生活を送っている。
そして、彼は何を祈っているかというと、それはこの世界に存在する『魔物』と呼ばれる者たちについてのことである。彼はかつて、とある国で勇者として騎士団に所属していたのである。そのため教皇や大司教、神父からは魔物は人々を喰らう恐ろしい存在だ、主神にあだなす存在だ、滅ぼすべき存在だと幼い頃から教えられてきた。
もちろん幼かった彼はその言葉を疑いもしなかったし、魔物を憎んでもいた。なぜならアルトの両親は、彼がまだ10歳の時に魔物に攫われてしまったからである。幼少の頃、アルトはたまたま遠征に来ていた大司教に勇者としての素質があると言われたのである。信仰心の厚いアルトの村では勇者が出ると知らされる皆が彼を祝福した。そんな村人達に後押しを受けたアルトは生まれ故郷の村を離れ、両親と別れてただひたすら勇者となるための鍛錬を続けていた。
しかしいくら後押しを受けたと言ってもまだ幼かったアルトは離れた両親の事を考え、毎晩淋しい思いをしていた。だからこそ少ない休暇を利用して最愛の両親がいる村に帰った時に、まっ先に両親と暮らしていた家を訪ねてみたがそこはもぬけの殻。不思議に思い村長に両親はどこかとアルトが尋ねると、村長は顔を険しくし、アルトにこう言い聞かせた。
―――アルトの両親は、魔物に攫われてしまったと・・・―――
アルトはその言葉を聞き、しばし呆然としたがすぐに大声で泣き叫んだ。魔物は人を喰らう存在と毎日言い聞かされてきた。故に彼の両親は生きている保証なんかどこにもないのだと理解したためである。アルトはもう村どころかこの世にさえいないであろう父と母を呼びながら日が暮れるまで泣き続けた。その日から、アルトは自分から両親を奪った魔物を憎むようになり、休日も返上して鍛錬に明け暮れるようになった。
そして彼が勇者として初の任務を受けることになったのが18歳になった時であった。彼は勇者として申し分ない実力を身に付け、魔物を討ち滅ぼすであろう初陣を今か今かと待ち続けた。
だが、彼に言い渡された任務は『魔物を匿った彼の故郷の村を粛清する』という内容であった。彼は愕然とした。彼にとってあそこは両親との思い出の場所、そして孤独になった彼を優しく支えてくれた人々が住まう場所。そこを粛清するということは、村人は一人の例外もなく殺されるということである。アルトは当然、何度もこの任務の取り下げを願った。彼らは毎日主神様にお祈りしていた、魔物を匿うはずがない、なにかの間違いだと。しかしその任務が取り下げられるはずもなく、それでも尚食い下がったアルトは懲罰として牢屋に入れられた。
そして数日後、彼は焼け野原と化したかつての故郷の村と、すでに屍と化した村人達を目のあたりにし、己の中で主神を信仰する心を殺したのであった。
そして彼は国を捨て、勇者の肩書きを捨てた。信仰していたはずの神はアルトの大切な者を救ってくれなかった。そんな神を信仰する国の勇者として戦うなど願い下げ、反吐がでるほどであった。彼は自分を鍛えてくれた流れの剣士であった教官や、ともに切磋琢磨し合った親友、両親を失い悲しみの日々を送っていた彼を必死に励ました街の教会に属するシスター、笑わなくなった自分を笑顔にしようとしたおちゃらけた後輩、そしてともに勇者として世界を救おうと誓い合った少女にも別れを告げずに国を抜け出したのだ。
それからというもの、彼は数々の村や街を転々と移動し、この打ち捨てられた教会へと身を潜めることにしたのである。そして彼はその日からただ答えを求めて祈り続けた。魔物は本当に悪しき存在なのかと・・。
この教会に移り住むまで、彼は親魔物領の村に訪れたことがあった。そこでは様々な種類の魔物が人間の夫と仲睦まじそうにし、愛を囁き合っていた。とても教会での教えとは似て
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