朝。
脳裏にふと浮かんだその言葉で眠気が失せ、私は寝袋からゆっくりと身を起こした。昨晩突然のスコールに見舞われたため樹上で一夜を明かしたのだが、運良く落ちるのは免れたようだ。
「……もうちょっと葉っぱの多い木にしとけば良かったな」
寝袋の窪みに溜まった雨水に溜め息を漏らしつつ、それを零さないよう慎重に寝袋から下半身を出す。普通のジャングルなら気軽に木の上から捨てるのだろうが、ここB国南東部のジャングルではご法度の行為の一つである。
何故なら、捨てた際の水音をこの辺りに住むアマゾネス達に聞かれてしまうからだ。
「……よし」
何とか寝袋から抜け出し、樹皮を伝うようにそっと水を流す。それが終わったら、今日の進行予定を地図を見ながら確認していく。
「現在地から西北西に移動し、正午に河の近辺に到着……そこで昼食をとったら河を渡って、日の入りより前に寝床の設営にかかる……っと」
今日で、サバイバルを始めてからちょうど一週間経つ。予定では八日目に今いる地点を通過するはずだったので、順調な行程と言えるだろう。
(ただ……今度の映画は、南米のギャング共を掃除する話なんだよなあ)
ギャングどころか猛獣の一匹も見かけなかった六日間を思い出し、つい溜め息を吐いてしまう。
そう、私ビル・エインがこうしてB国のジャングルにいるのは、半月後にオーディションを控える映画の役作りのためだった。
その映画自体は、元特殊部隊の主人公がジャングルを根城に暴れる麻薬組織を相手に一人で戦うという、やや古臭い筋書きだ。
しかし、映画会社は一流の監督やスタッフを揃え、あらゆるメディアを通して大々的に宣伝している。女性の主人公、とのことだが、このご時世でも出演した俳優の名は世界中に知れ渡ることだろう。
(何とか、持ち味を発揮できる役になりたいもんだ……)
心中で祈りつつ、樹上から物音を立てぬようゆっくりと降りた。
携帯食料で軽く腹を満たした後は、移動の時間である。ガイドも仲間もいないので、一人で黙々と歩くだけだ。
(審査員を納得させるためとはいえ、やっぱり辛いな……)
映画は説得力が物を言う世界だ。役相応の肉体や演技が無ければ、観客はご都合主義だと感じてしまう。
銀幕にも魔物が登場するようになった今でも、それは変わらなかった。
(もう、魔物が来るようになってから十五年は経つのか……)
魔界と行き来出来るゲートとやらの噂は、もう何十年も前から飛び交っていた。それが十七年程前に突然空間の歪みが観測され、そこから大使と名乗る白髪の女が出現した。
悪魔のような外見のその女に、人々は最初銃を向けた。だが銃弾を掻き消し、毒ガスの中を悠然と歩く様を目の当たりにすると、今度は畏怖の対象とした。一時期はカルトじみた宗教が興ったが、友好的で千差万別な魔物達が移住するにつれ、砂浜の絵のように廃れていった。
私達俳優は、それを宇宙人襲来程度の危機感でしか捉えていなかった。しかし白髪の女が現れて二年も経った頃、それは大きな間違いだと気づかされた。良くも悪くも好色で魅力的な彼女達がスクリーンに出た途端、恋愛ものやポルノが流行の中心になり、その他のジャンルの需要が激減したのだ。
私もその煽りを受けた一人で、アクション、サスペンス、ホラー、ミステリーと色々な作品に出演していたが、ぱったりと依頼すら来なくなった。生来の強面で、悪役ばかり演じていたのが原因だろう。
とにかく、魔物が銀幕に出るようになってから、俳優が映画界で生き残る道は二つに一つしか無くなった。魔物と結婚して夫婦で出演するか、圧倒的な演技力を見せ付けるか。演技一筋で生きてきた私は、後者に賭けることにした。
「よっ、と」
飛び石のように水溜まりから覗く根を跳び移っていく。どうも予想していた地形と違う。昨日の大雨で増水したせいだろうか。
「となると、河は渡れそうにないな……」
寄り掛かれる樹の根元に着地したところで地図を開き、他にルートは無いか確かめる。すると、少し上流に向かった先に、川幅が狭い箇所があるのを見つけた。ここからの直線距離は、そこまで無さそうだ。
「……ん?」
視界の端で、何かが動いた。小動物にしては葉の揺れが大き過ぎる。警戒してナイフを抜こうとすると、今度は別の方角の茂みが揺れた。
「……」
ナイフをいつでも抜けるよう身構えながら、試しに数歩前進する。と、こちらの動きに呼応するように茂みが揺れた。間違いない。私を、狙っている。
そうと分かれば遠慮する必要は無い。根を蹴って数メートル先の地面に跳び、勢いに任せて走り出す。すると茂みから数人の女が飛び出し、私を追いかけ始めた。
矢印のような入れ墨の走る褐色の肌と、腰からから生える鈎状の尻尾。アマゾネス達だ。
(知らない間に、縄張りに入り込
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