晩夏のある雨の夜、由美のディストレスコールを受けた一馬は由美の自宅に駆け付けた。
メールの画面を開き、大きな単眼にこれでもかと涙を溜めていた。
「こんなひどい事を書いてくるなんて…」
わずか数時間のうちに何十通も届いたレビューメール、内容は揃って最低評価であった。
コメントは実際にロッドを使っての感想とは到底思えない悪口やクロップワークスに対する暴言、更にはサイクロプスという由美の種族に対する差別的発言。
いわゆるアンチレビュー、荒らしレビューの類である。
「うわっ、これはタチが悪い。」
まるで害虫を見るかのような目でメールを見る一馬。
釣りに限らず、クロップワークスのように熱狂的なエンスージアストのいるところは必ず、熱狂的なアンチも存在している。
普段なら鼻で笑う所だが、これまでエンドユーザーの声を聞いた事も、況や理不尽な悪意を喰らったこともない由美からすれば心を抉り取る発言なのは想像に難くない。
「だいぶ悪辣だな、また来たら弁護士つけて開示請求に動こう。」
荒らしレビューを大量に投稿しているIPアドレスのアクセスをブロックし、そこから投稿された悪質なレビューは全て削除した。
その旨をクロップワークスのサイトのトップに出し、その場は一旦収まった。
「もう…この仕事やめようかな…」
由美が部屋の奥に立て掛けてあるブランクスを手に持った。
「こんな事になるなら…釣り竿造りなんて…カーボンに出逢わなきゃ良かった!」
『やめろ。』
叩き折ろうとした手を両手で掴み、押さえ込む。
巨人の末裔たる種族のサイクロプス、その中でも一際大柄な由美をただの人間である一馬が抑え込むのも必死。
振り払われたら吹き飛ばされたりしないようにするので精一杯である。
「お前さん、自分の作ったロッドを子供達って言ってたよな。
一時の感情の衝動でてめえのガキ殺すやつがいるか!」
一馬の叫びにはっと我に返った。
声を殺して静かに、そして激しく涙を流した。
「なあ、そいつ…いつまでもそのままにする訳にいかんだろ。」
暫くして、落ち着いた由美に紙袋からチョコレートバーを取り出して渡す。
ロッドのベースとなるブランクスは一本の細長い無垢の筒、いくらカーボン製で軽いとはいえ2.5mを超える長さ。
「ベイトロッドにすると曲がりが変になるからさ…」
もそもそとチョコレートバーを頬張り、豆乳でくっと流し込む。
「ベイトロッドだったら、か…じゃあさ
こいつでスピニングロッドを組んでくれよ。」
紙袋からガイドやリールシートといった部品、そしてセルテートLT 4000-CXHを取り出した。
―――――――――――――――――――――――――――
1ヶ月半後、プロトロッドが完成した。
初めてのスピニングロッド、何もかも勝手が違った。
最初に用意されたガイドではセッティングの何もかもが噛み合わず、結局すべてのガイドを買い直す結果となった。
それでも由美のカーボンに対する想いが途切れる事なく、遂に8フィート8インチのロッドとして形になった。
晩秋の月夜に一馬はまた河岸に立っていた、ラインの先には大型のリップレスミノー。
ロッドが唸り、やや派手な着水音が響く。
邂逅から凡そ半年、狙いは川の主のように居座る巨大なシーバス。
落ち鮎の時期も終わり、シーバスの餌は水温の急な変化で弱ったボラに切り替わっている。
着水音を意図的に派手にしてボラの跳ねる音を再現し、時々竿を煽って病気でまともに泳げなくなったボラの動きを真似る。
一馬にとって一番得意なシーズン、これまでこのボラパターンの釣りを駆使して全国のあちこちでシーバスを手にしてきた。
プロトロッドは7g前後の軽いルアーでもしっかり曲げて飛ばせるしなやかさ、40g近い重いルアーでもしっかりと張り抜ける強さを持ち合わせている、ブランクスの性能面は申し分なし。
更には製造方法の見直しでコストも抑えられるというおまけ付き。
「こい…食え…俺と闘ってくれ…!」
月明かりに照らされて幽、と黒い影が川面に現れる。
リップレスミノーが手前まで寄ってきた、少し時間を置いてから上流にロングキャスト。
流芯に誘導し、再びロッドを煽る。
竿先にルアーの重みと水の抵抗を受け、ルアーの泳ぎのバランスを僅かに崩した。
その刹那、黒い影が躍り出た。
水面が吹き飛び、手元に凄まじい衝撃。
悲鳴にも似たセルテートのドラグ音が月夜の河口に響き渡る。
「よし!よし!よっしゃ!」
2回ロッドを強く振り、フックをしっかり食い込ませる。
足元は不安定な上に灯りは月の光のみ、そんな中でも縦横無尽に動き回る。
凄まじい水音を上げて躍動する。
月明かりに照らされたその魚体は、一馬がこれまで考えたよりも遥かに大きい…もはや別の魚ではないかと思える程の
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