Fish of prey

三連休初日の釣具屋、昼過ぎにポスターほどの大きさの表が店内の掲示板に貼り出された。

「ちくしょう、またあいつにやられた…」
貼り出された表の前でぎりぎりと歯を食いしばる黒川秀樹(くろかわ ひでき)、自分の名前が上から2番目に載っていた。
10ヶ月間に釣ったシーバス、即ちスズキの最大サイズを競う釣りダービー戦、開始直後からデッドヒートの末、89cm、7,188gで射止めた1位の座、最終日に出た93cm、8,015gという記録を前に明け渡す羽目になった。

「やっぱまぐれで優勝できる訳ないよねー。」
悔しがる秀樹をちょっと小馬鹿にしたような態度、振り向いた先には四本の角、足の先に滑らかな鰭、よく晴れた真冬の空のような美しい蒼色の肌、五箇井アキ(ごかい あき)、種族はネレイスでこの店のスタッフ、今日はシフトから外れている。
彼女もまた、85cm、6,320gのシーバスを仕留め3位に君臨している。

「バチ狙いでシンペンとワームしか投げないやつがよく言うよ。」
一気に空気がぴり付く、秀樹とアキは犬猿の仲、こと釣りに関しては何もかも真逆である。

「まあでも、彼は秋冬のロックフィッシュダービーに出ないってさ。
なんでも…ドッペルゲンガーの彼女さんが喜ぶ美味しい魚をメインに狙うんだと。」
店員が来週から始まるロックフィッシュ――カサゴやソイ、アイナメやハタ類などの岩場に棲む魚――の釣りダービーの申込書をふたりに手渡してきた。
秀樹とアキは同時に名前と住所、連絡先を記入し、エントリー料の千円札を添えて店員に戻した。

「ここの船の明日のボートロックでキャンセル出たんだけど…どうかい?」
店の奥から出てきたバフォメットの店主が、コードレス電話の受話器とメモ帳を持って店の奥から出てきた。
同時に手を挙げるふたり、すぐに睨み合う。

「ふたりとも乗るってさ。」
どちらもすぐに断ろうとしたが、それよりも早くに外堀を埋められた。
どちらも諦めて明日の釣りで必要な消耗品を見繕い始めた。

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翌朝、日の出前の港。
秀樹とアキを含めた人魔総勢8人、船着場の駐車スペースでいそいそと釣りの準備をはじめている。

「はいおはようございますねー!」
船着場にやってきた軽トラックから、釣り船の船長が降りてきた。
ふたりも作業する手を一瞬止め、船長に挨拶する。

「おっ、ラブラブカップルも来てるね!
皆さんね、この2人がブルズアイとロングレンジね!
めちゃくちゃ釣るからね、負けないようにしてくださいね!」
船長が面白おかしく茶化すが、2人とも仏頂面で同時に大きく首を振って、他の釣り人と協力して全員の船に竿や道具、クーラーボックスを積み込む。

全員が乗船名簿に名前と住所、連絡先を記入すると、寒空を心強いエンジン音が引き裂きながら船が出航した。

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「掛かった!」
細身のロッドが根本から曲がり込み、リールから糸を送り込みながら魚を引き寄せるアキ。

「おりゃあ食った!」
太いロッドが胴から曲がり込むのを構わず、力任せにリールを巻き取って魚を引きずり出す秀樹。

ビール瓶のように丸々としたアイナメが海面に現れ、ほぼ同時に網で掬い上げる。

精度とパワー重視、経験と直感に基づいた釣りをする秀樹に対して飛距離と感度優先、理論とツールを駆使した釣りをするアキ。
とにかく何かにつけて対照的なふたりではあるが、そこは火花を散らす宿敵同士、船内で他の釣り人の釣果を引き離してデッドヒートの竿頭争いを繰り広げていた。

「やばっ…また釣ってるよ。」
「流石はブルズアイとロングレンジだよ…」

狙ったところに寸分違わず正確にルアーを撃ち込むことから『ブルズアイ』、ルアーを普通では考えられない距離まで飛ばして魚を探ることから『ロングレンジ』、SNSに本名が出るのを嫌うふたりにいつの間にかそんな異名が付けられるようになっていた。

他の釣り人もふたりに色々と聞き、見よう見まねでどんどんと釣果を伸ばし始めた。



夕方、船代の支払いを終えてリールを水洗いしている秀樹のそばにアキが寄ってきた。

「夕ご飯奢るから一緒に食べない?」

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「ったく、車で来てんだなら飲むなよ…」
「ごめんごめん、代行も電話繋がんないからさ。」
どちらもビールを1杯しか飲んでいないが、当然ながらそのまま運転をしまえば飲酒運転という犯罪。
店の大将に許可を得てアキの車を駐車場に置き、目と鼻の先にある秀樹の家に向かうことになった。

「へぇ、結構綺麗にしてんじゃん。」
乱雑に靴を脱ぎ、ずかずかと無遠慮に入り込む。

田舎らしく家賃の割にだだっ広い室内、男一
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