大手ITベンダー、マックスITソリューションズの瑞穂支店。
朝の営業部定例ミーティングを終えた当真啓介、カバンからペットボトルの烏龍茶をデスクに置いてノートPCを開いた。
ずかずかと下品な足音が迫ってきた。
「当真啓介ぇ!
このクライアントからの不具合報告はいつの話だ!」
高純度のプラチナや最上級のシルクすらも薄汚れて見えるほど激烈な美しさを誇る銀髪を振り乱し、目を剥いて凄まじい勢いで啓介に詰め寄るリリム。
小石川恵、同社に所属するSE(システムエンジニア)である。
「先方から電話が来てすぐにメモ書いて机に置いてた。
ったく…朝っぱらからうるせぇなぁ。」
数ヶ月前にクライアントに納品した受発注システムの最新版、致命的な不具合発生の報をメモに残していた。
前職ではSEをやったいた啓介、恵が何を言いたいかをある程度は察していた。
「とりあえず先方のサーバにリモートで繋いでみる、先方に連絡して少しでも時間稼いで!」
大急ぎで踵を返し、恵は姿を消した。
「よう当真、夫婦喧嘩は終わったか?」
係長がにやにやと話しかけてきた。
「からかわないで下さい…ヤツのお世話係はもう勘弁ですよ。」
恵が担当するクライアント、そのほぼ全ての営業担当を啓介が担っている。
SEとしての腕は極めて優秀、しかも会社一の美人と称されるほどだが気性に極めて難ありな恵。
前職でSEとして経験のある啓介が同じクライアントの担当となることが多い。
それだけではない。
恵と啓介は幼馴染み、文字通りの『腐れ縁』である。
生まれた時の病院の保育器は隣同士、実家は斜向かい、恵の母親と啓介の父親は同じ町議会議員。
保育園、小学校、中学校、高校まで同じクラス、大学も学部こそ違えど同じところに通っていた。
卒業後はそれぞれ別の会社にいたが、啓介が以前の職場から転職して現在に至っている。
机の固定電話からやかましい内線の着信音が鳴り響いた。
「はい当真で…分かった、午前中でいけるんだな?
先方には念のため早ければ今日中、と伝えておく。」
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ある週の金曜日、いつものように出社した啓介はいつものようにあてがわれた掃除場所と自分のデスク周りを掃除し、いつものようにノートPCを開いていつものようにグループウェアを立ち上げていつもの様に来客予定と不在者を確認していた。
「へぇ珍しい、メグのやつ今日休んで…」
「そうなんだよねぇ…当真くんも休んじゃいなよ、有給全然消化してないんだしさ?」
ヴァンパイアの営業部長に言われて心が揺らぐ。
結局、15分以上も悩んで有給申請を提出する事にした。
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13時過ぎ、突然恵に呼び出しを食らった啓介は、愛車のスポーツカーで恵の自宅まで来ていた。
チャイムを鳴らしたが反応が無い、思い切って玄関ドアのハンドルを引くと恐ろしくすんなりと扉が開いた。
ふわりと鼻を駆けるいい匂い、いくら小憎たらしい腐れ縁の相手でも相手が女であることを久々に認識していた。
どこぞのステルスゲームの主人公ばりに警戒しながら、なんとなく気配のしているキッチンの扉を開けた。
「うぅうううぅぅ…啓介ぇ……」
この世の果てから響くような呻き声を上げる恵の姿が目に入った。
普段会社で見せたことのない、首元がくたびれたTシャツに膝に穴の空いたジャージという姿でテーブルに突っ伏す恵、半泣き顔で頬を膨らませ、銀髪をのたくらせているテーブルの上にはロング缶入りビールの亡骸が累々と転がっていた。
「メグ…なんだよひっでえ面しやがって。」
「啓介ぇ…失恋したぁ……いい人人いたのにぃ…
澤井フーズ如月の溝呂木さん、あの営業のドッペルゲンガーの課長とデキたんだって…」
大量の涙と鼻水、公私混同も甚だしい泣き言をぶちまける。
それが呼び水となって啓介にとめどなく湧き出てくる愚痴をこぼす。
狂犬の異名をほしいままにしている恵だが、こと恋愛については奥手も奥手、瓜二つの双子の姉とは対照的に異性との交際経験は全く無い。
気になる男性がいても仕事以外の話はほぼ皆無、そうこうしているうちに恋人や伴侶を得てしまい失恋…という経験は片手で数えられないほどである。
「新しい相手探せよ、どういう奴が好みなんだ?」
冷蔵庫を勝手に開けてロング缶のレモンサワーを掠奪してプルトップを起こす、サワークリーム味のポテトチップスの包装を裂いて口に押し込み、レモンサワーで油を胃に流し込む。
「啓介みたいに真面目に仕事して、啓介みたいに私ときちんと向き合ってくれて、啓介みたいに何が必要なのかをすぐわかってくれて…とにかく啓介みたいな人!」
「お前さ…関係ないやつを引き合いに出すのはまあまあ失礼だぞ、相手が俺だか
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