手のひらの上の戦場

「我が方の被害は拡大するばかりです。まるで我らの作戦が筒抜けになっているかのようにことごとく裏をかかれております」
「忌々しい異端者どもめ。我らの心を読む術でも使っているのか?!」
 おれたちの間には激しい動揺が広がっていた。異端者の軍の抵抗がすさまじく、我ら教会の騎士団は大きな被害を受けていたからだ。
「せいぜいぬか喜びさせておけばいい。私がいる限り異端者どもが勝つことは万に一つもないのだからな」
 神の命を受けた天使様が厳かにおっしゃった。それだけで騎士団に漂っていた不安が一気になくなった。
「そうだ。我らには神のご加護があるのだ!」
「そうですね。それに我らにはまだ策があります」
 教会の騎士団の頭脳であるスベテウ=ラーメ参謀が自信を持ってうなずいた。
「ほう。それはどんな策なのだ?」
 騎士団を率いるアーテウマ=カマッセイーヌ団長が聞くとラーメ参謀はニヤリと笑った。
「主力の狂戦士部隊で奇襲を仕掛けさせるのです。これまでの勝利で油断しているやつらはひとたまりもないでしょう」
「なるほど。さっそく狂戦士たちを出陣させる準備をしろ」 
 ラーメ参謀が指示を飛ばしている間も天使様は悠然としていた。おれはその美しさに思わず見とれてしまっていた。
「どうしたのだネガエーリ。私の顔に何かついているのか?」
 天使様の言葉で我にかえったとたんに顔が赤くなるのがわかった。
「い、いえ。めっそうもございません!」
 落ち着けネガエーリ=ウーラギル。このお方は神から遣わされた天使様だぞ。騎士団の小隊長が御使い様に思いをよせるなどあまりにも畏れ多すぎる。
「体の調子でも悪いのか?あまりひどいようなら休んでもいいが」
 おれなんかにそのようなお言葉をかけて下さるとは。やはり天使様は優しいお方だ。
「ご心配にはおよびません。別にどこも悪くありませんから」
「そうか。ならよかった」
 天使様は安心したような顔をする。このようなお方に邪な考えを抱くとはおれもまだまだ未熟だな。
「それでは小隊の様子を見に行かなければならないので失礼いたします」
「ふむ。がんばって来い」
 今は浮ついたことを考えている場合ではない。勝つためにも気を引き締めないといけないな。

 そしてその夜、相手の攻撃に備えた見回りをしていると隠れるように陣を抜け出す天使様のお姿を目撃した。
「この方向は敵陣ではないか。単身で偵察でもするおつもりか?」
 おれは思わずつぶやいた。一体どうする?おれごときが御使い様の心配をするなど天使様に対する侮辱に等しい。かと言ってもし…祖様に万が一のことがあったらとりかえしのつかないことになる。
「ええい。めんどくさい」
 おれは結局天使様の後を隠れてついていくことにした。力になれるとも思わなかったが黙って見ている気にはどうしてもなれなかったからだ。

天使様は敵陣近くの森で立ち止まった。おれは御使い様が見えるような位置にある木の陰に隠れた。すると近づいてくる2つの人影が見えた。
「騎士団の様子はどうですか?」
 人影の1つは天使様だった。神も騎士団が勝てるかどうか気になっているのか?
「不穏な空気が漂っていたが私が一喝したら落ち着いた。今は狂戦士で奇襲する作戦を立てている」
「主力で奇襲を仕掛けてくるか。あいつらよっぽど打つ手なくなってきてるな」
 あ、あれは異端者の指揮官のイシュザーク=ファイゼンディルト!?なぜ敵のトップが天使様と話してるんだ?!
「でも逆にチャンスですね。これで狂戦士を叩き潰せば騎士団が打つ手はなくなるでしょう」
「ああ。これでこの教会騎士団も終わりだな」
 天使様は笑みを浮かべながら言った。おれはあまりのことに言葉が出なかった。
「対策はきちんと考えておく。作戦の詳細がわかったら伝えてくれよ」
「了解した。必ず狂戦士どもを叩き潰してくれ」
 ど、どうする?騎士団に戻って報告するか?でも話した所で信じてもらえるわけが…。

 その時パキッという音がした。考え事に熱中するあまり足元にある枝に気付かないで踏んでしまったのだ。
「誰だ?!」
 音を聞きつけた天使様が飛んできた。もう1人の天使様とファイゼンディルトもついてくる。
「ネガエーリか…。お前だけはできれば殺したくなかったが秘密を知られた以上生きて帰すわけにはいかない」
 天使様は苦悩で顔を歪めて手に聖なる力を溜め始めた。
「ど、どういうことですか天使様…。教会を…、神をお裏切りになったんですか?!」
 おれは思わず天使様に叫んでしまった。それでも天使様は全く反応を示さなくなった。
「私は父を裏切ったことなどない。教会を滅ぼすことこそが父の意思なのだからな」
 おれはあまりに衝撃を受けて一瞬固まってしまった。

「なぜ神が教会を滅ぼすのです?!邪悪な魔物どもを葬るのは神の
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