「もうお昼近くじゃん。出るの遅すぎ〜」
リブが不満そうな声を上げながら車のドアを開け、助手席へと乗り込む。
「リブのシャワーが遅かったせいだろ?」
コウも負けじと事実で反論する。
「……わかってないな〜、もぉ〜」
もう知らないとばかりに席のシートを大きく倒すと、スマホを手にとり黙り込む。
「……いつものショッピングモールで良い?」
あえて何のことかは聞かない。これ以上、無駄に心労をふやしたくなかったからだ。
「いいよ〜、早く出して〜」
隣にいるリブは画面から目を離さず、手をぶらぶらと振るだけだった。コウは黙ってハンドルを握るとエンジンをかけ、車を駐車場から発進させた。
コウの家族は、元々は極々普通の人間の家庭だった。そんな家族が揃って魔物の一家となったのはとある旅行せいである。
ある日、コウが生まれた年の夏の頃、当時8才だったレゼ姉は両親と揃って旅行に出かけていた。旅先は緑あふれる大自然の避暑地であり、一家が大いに羽を伸ばしていた時、人生の転機が唐突に訪れることとなる。絞りたての牛乳が飲める牧場が近くにあるという話を両親が耳にすると、せっかくなので見学しようと軽い気持ちで足を運んだのが、まさか人間をやめるハメになるとは当時、誰も思ってもいなかっただろう。
いざ目的の牧場へと訪れると、辺りに人の気配もなく、せめて小屋の中にいるであろう家畜の姿を一目見ようと近づくも、動物がいた様子すらなかった。とんだ無駄足に一家が残念に思いながら、その場を後にしようとすると、小屋の近くにポツンと無人の販売所があったそうだ。淡い期待を抱いて一家が立ち寄ると、そこにはこじんまりとした小さな冷蔵庫に昔ながらの透明な瓶に入った目的の牛乳が置かれていたのだ。これ幸いとばかりに両親が傍にあった料金箱に小銭を入れ、冷蔵庫から牛乳瓶を取り出すと、両親とレゼ姉は揃って牛乳を頂いた。いわく、その牛乳はいままで飲んできたどの牛乳よりも濃厚かつ豊潤な味わいで、さらに飲んだ後の得もいえぬ、あえて言うなれば熱々の風呂上りに飲む牛乳以上の爽快さがあった。しばらく、一家が牛乳を美味しく飲みながら和気あいあいと感想を言い合っていたが、異変はその後に訪れる。
あまりにも美味しい牛乳だったので、母がもう一杯とおかわりするのだが、そのまま二瓶、三瓶と夢中で飲み続け、気づけば十をゆうに超えていた。さすがに飲みすぎだろうと慌てて父が止めに入るが、時すでに遅く、顔を異常に紅潮させ、息は荒く、身体のあちこちから湯気を立ち上らせる母がいたらしい。尋常ならざる母の変化に父が心配そうに声をかけようとした時、母が向けてくる切なそうな瞳に気づいた父は、そのまま小屋の奥へと押し倒されたとのこと。
その後のことは、レゼ姉は覚えていないと言うが、言わなくても分かることだった……コウ自身も詳しいことは考えたくない。ちなみに弟と残されたレゼ姉はひとりそのまま、牛乳を黙々と飲み続け、冷蔵庫の中身をすっかり空っぽにした頃には、幼いながらも大変見事なお乳をぶら下げ、おっぱいから母乳を豊かに溢れさせる立派なホルスタウロスに変貌したとのこと。以来、両親が夜な夜な妹作りにお盛んな折、母乳が欲しくて泣き喚くコウのお腹を満たしていたのは、他ならぬレゼ姉のお乳であるとのこと。こうして、赤ん坊の頃からレゼ姉のお乳を吸い続け、すくすくと育っていったコウであったが、今でもレゼ姉のおっぱいにお世話になっているのは変わっていない。コウが物心ついた時もそれが普通のことだと思っていたが、周囲から見れば好奇の塊だったし、人前で恥じることもなくレゼ姉のお乳に夢中で吸い付いていた幼い頃の自分を思い出せば、今でも悶絶ものだ。
モヤけた気分を変えようと、コウがカーオーディオを起動させる。しばらくすると、何度となく聞きなれた曲が車内に響きはじめた。
「ちょっと、うるさい。ボリューム下げて」
出発当初と変わらず、席に深く横になっていたリブはスマホに目を向けたまま、不満をぶちまける。
「はいはい」
コウは言われるがまま、オーディオの音量を下げる。気遣う兄貴に別段礼を言うこともなく、リブは相変わらずスマホの操作をつづけていた。
(全く……これが本当にあの『ホルスタウロス』なのか?)
ホルスタウロスは元来、穏やかな性格であると伝え聞いているが自分の姉妹を通じてみると、どうにも胡散臭い話だった。
コウ達一家が魔物の都市に越して間もなく、コウと年子の妹であるラリスが生まれたのだが、どうみても外見は『ミノタウロス』で性格も穏やかとは程遠かった。(もっとも、それをラリス本人に言ってしまえば、間違いなくベッドの上で問答無用のマウントポジションをお見舞いされるだろうが。)背丈もすぐに追い越され、コウが10才になった時には年の離れた姉弟のように大きく差がつ
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
9]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録