2話目

曇天と見紛う寒空が青さを取り戻し、窓に張りつく霜がとけゆく最中。
とある男は悪魔を従として、教団の廊下を連れ歩んでいた。

(さぁて……これから如何すべき、か)

男の顔は前を向いておらず、廊下の床に視線を落としていた。歩く速さに合わせ、床の模様が次々と巡り変わっていくが、思案を重ねていた男の頭には全く入っていない。

「ゲルト様。本日のご予定は、どのようになっておりますか?」

数歩ほど遅れ、男の背後に付き従っていた悪魔が、主人である男に本日の予定を尋ねる。悪魔の正装なのか、真っ黒なローブと一体化していたフードを深く頭に被っているため、視線の行き先は定かではない。しかしながら、男はなんとなくで人間に化けている悪魔が、俯き加減で尋ねているのを背中越しに感じた。

「やりてーことは山ほどあるが……まずは飯だ」

ゲルトと呼ばれた男は、全ての思案を一時保留とし、まずは今にも鳴りだしそうな自身の空きっ腹を落ち着かせることにした。
「左様でございますか。朝食はどちらでなさいますか?」
後ろに控えていた、悪魔であるレギーナが続けて質問を投げかける。フードから隠れきれていない口元からは事務的な口調がなされるが、その唇は艶やかで、大多数の人間はフードに隠されたレギーナの残りの素面を美しく想像するだろう。
「この先に、ここで寝泊りする連中用の食堂があるからな。朝はそこで…………てか」
「はい?」
ようやく前を向いて歩きだそうとしたゲルトを、不意に沸きでた疑問が歩みを止めさめ、疑惑の当事者である首をかしげていたレギーナに振り返る。
「お前は人間と同じ飯が喰えんのか?だいたい、食事は必要か?」
「えぇ。ゲルト様と同じく、お食事を頂きます。食べ物からでも魔力の補充はできますので」
「魔力の補充……」
「そう、魔力の補充です。極論を言ってしまえば、魔力さえ補充できれば食事は不要となりますが」
やはりと言うべきか、悪魔というヤツは生物の根底からして別物らしい。ゲルトは眉をひそめ、自分の常識外の存在に質問を続ける。
「……そうかい。なら、食事以外の方法はなんだ?それができたら、穀潰しの飯代が浮いて非常に助かるんだが」
「……お食事前にするような内容ではございませんが、よろしいですか?」
なんともいえない様子でレギーナが念を押す。その姿に、もしやと思ったゲルトがそれとなしに正解を確かめる。
「つまり、契約で禁止されている行為、だな?」
「……はい」
「そりゃ、大変だな。補充のたびに毎回か?」
「えぇ、まぁ。……ですが、ゲルト様とならいくらでも致せるかと思います」
フードの上から頬を押さえ、嬉しそうに喋るレギーナに、ゲルトは真顔で言い返す。
「はぁ?冗談じゃねぇ。なんで俺がお前のために、人を殺さなきゃいけねぇんだ?」
「っえ?……あっ。いえ、ゲルト様。誤解になります。我々は断じて人を殺めたり、食べたりは致しません。魔力の補充とはつまるところ、性交渉による体液の「もういい、黙れ」
 踵を返し、足早にゲルトはその場を去っていく。
一人置き去りにされたレギーナは反論する間もなく、慌てて主人の後を追う。なんとか追いつき口を開こうとするも、訳も分からずにゲルトに凄まれ、口を利いてもらえなかった。何度か同じやり取りを繰り返した後、諦めたレギーナは黙って歩調の速い主人についていく。

(コイツ、……契約の件といい、連中の話と全然違うじゃねぇーか)

落ち込む悪魔を尻目に映し、ゲルトは廊下を進む。
 教団の話によるところ、悪魔とは数多いる魔物のなかでも特に恐るべき存在であり、人の肉を食べ、魂を喰らい、死しても地獄へと魂を堕とし、永遠に人間を弄ぶと聞く。神々にも忌み嫌われる悪魔は、まさに討伐すべき化物というわけなのだが……この悪魔と接し、実際に言葉を交わしてみれば、どうにも教団の話が腑に落ちない。
無論、この悪魔に限っての話であるうえに、本性を偽り、勇者である自分の油断を誘おうと下手な芝居を打っている可能性もある。そう考えるほうがごく自然ではあるのだが―

(コイツの言ってることが全面的に正しいとするならば、臭うのは教団のほうってことになるが……さて……)

魔物は人を喰わない。
それが真ということであれば、教団の認識に間違い、あるいは全くの見当違いがあるということになる。教団の根底どころか、社会全体に大きな衝撃と影響を及ぼしかねないほどの情報を突如前にして、ゲルトが強引に会話を打ち切ったのは動揺からではなく―

(最低でも大金……上手いこと立ち回れば返り咲きも夢じゃねぇ)

思いもよらぬ悪魔の一言に、我知らずで男の口元が伸びた。
空いていた腹具合もよそに、ゲルトは再び思慮を始める。これから取るべき自分の行動、下僕とした悪魔に対する認識、そして、新たに加わった教団に対する疑念
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