寒気が静寂に染み込んだ、秋の闇。
深い森の奥に、孤独感が際立つ小屋の中で男は酒で暖を取っていた。
「……シケてんな」
舌打ちと同時、男が愚痴をこぼす。
行儀悪く足を組んで乗せているテーブルには乱雑と酒瓶が並び、床の至るところには用済みとなった空瓶が転がっていた。男の荒んだ心情そのものを体現した現場であったが、当人の荒れようはそれ以上のようで、無造作に分捕った酒瓶が空だったことがさらに男の機嫌を斜めにする。
「……ったく、酒までシケてやがる」
癪に障った空瓶を放ると、近くで何かが割れる音が響いた。
またしても舌打ちをかますと、男は我関せずのまま、先と同じようにテーブルから酒瓶をひったくる。幸いにも今度の奴は中身があったようで、乱暴に振って確かめた酒瓶に直接口をつけて持ち上げる。喉音を何度もうねらせた後、男はゲップ混じりの息を下品につむぐ。
深夜、男は独り、酒に溺れていた。
ただ、男自身はいくら飲んでも酔える気分ではなかった。今の自分の置かれた現状、現実。
そして、何の変化のないまま続くであろう、自らの暗い未来を思い描けば―
「っ!……っくそが!!」
役立たずの酒瓶を、男は壁に叩きつける。
今夜一番の派手な音が室内に響く。しかし、男が痛感している閉塞感の前では遠く、霞む。
(こんなので終わりなのか!?俺は!!こんなところでよぉ!?……冗談じゃねぇ!!
なんとかならねぇのか!?なにか、ねぇのか!チャンス!!逆転の目は!?
……もう、なんだっていい!誰だろうが……たとえ!!!)
「悪魔だろうが!!!」
冷え切った深夜、咆哮だけが木霊する―
同刻の深夜。正確には男が怒号を放っての、すぐの真夜中。
やけ酒をしこたま飲んでいただけの男は、驚愕していた。
―コン、コン……
家の扉から、乾いた音が鳴ったせいだ。
真っ先に男は自身の正気を疑う。無茶苦茶飲んだから、不気味の一言に尽きる、ありもしない幻聴を自分の耳が作り出したのだ、と。
半ば思い込むように、男が自分に言い聞かせようとする、その前に―
―コン、コン……
幻聴や、錯覚でもない。確かに玄関の戸は叩かれた。深夜、何者かによって。
たまらず、男はそっと席を立ち、壁に立てかけていた愛剣を手にする。すぐに男の手には良く馴染んだ感触が伝わってきた。とうに酔いは醒めている。おそらくいるであろう、扉の前にいる何者かに全神経を注ぐだけとなった時―
「夜分遅くに申し訳ありません……どなたかいらっしゃいませんか?」
何者かの、声がした。女の声だ。
間髪いれず、男が口を挟む。
「こんな夜中にふざけてんのか?……どこの誰だか知らんが、とっとと失せろ」
まだ冷や汗の引かない男は、今一度、柄を握り直す。
声こそ女のものだが、まだ姿は見えていない。魑魅魍魎の魔物がはびこる現世、それこそ美女に化けた妖怪の類がでてもおかしくない。
「不安にさせてしまったことは謝ります……ですが、先ほどお呼び出ししたのはそちら様では?」
言葉の意味を理解した直後、男はとっさに剣を振りぬく。
これが答えだと言わんばかり、問答無用で空を切った一撃には渾身の魔力が込められていた。
扉はおろか、壁一面を丸ごと魔力で上乗せされた剣圧で吹っ飛ばす。
男の正面には白煙が立ち込め、ぶっぱなした衝撃波は冷え切った夜により、轟音となって響き渡る。
威力も申し分もなく、手ごたえも十分にあった、だが―
(てんでだめだな……こりゃ……)
いまだ晴れない煙と同じく、男の眉間には皺がよった。
今は亡き扉があった場所からは依然として、不気味な雰囲気が漂っていた。どうやら、深夜に訪問してきた何者かは、相当のやり手らしい。
面倒なことになりやがったと、男が再び構えると―
「まったく、無茶苦茶な人間ですね………」
徐々に視界が明らかになるにつれ、何者かの姿が男の前で露となる。
とはいったものの、全身は漆黒のローブで包まれており、なおかつ顔付はフードで覆われているため、素性が全くわからない。唯一、本人の一部とおぼしきものは、ローブの袖から現れた左手だけだったが、その掌からは強力な魔力を帯びた障壁を作り出していた。
この時、男にとって一番の厄介事は、自身が放った渾身の一撃を完璧に防がれた魔法の障壁にあらず、軽く掲げらていた相手の左手が、丸ごと青色だったということだ。
「……なんだ、てめぇは?」
呟くような男の一言だった、が―
「申し遅れました。私め、貴方様が呼んだ…………悪魔《デーモン》です。以後、レギーナとお呼びください」
しっかりと、女が応える。
女は左手でフードをめくると、固まったままの男を、紅い眼光で見据えた。
ほどなくして、二人は半壊した
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