「……一体なんだ?」
その男は自分の身に降りかかってきた災難に対して、なんとも言えない声をあげた。
男が伐採のために材木が生えている地点に向かっていく、その道中の出来事であった。道中とはいえ草木が生茂る森林のなかに道など無く、『人間』が歩けそうな草木を掻き分けて進むしかない。当然、足場の悪い箇所で足をとられることもある。不覚にも男は足をとられこそはしたが、だからといって木の枝に宙吊りなるようなことはまず絶対にありえない。
そんなことになるとすれば…
「どこの馬鹿だ。こんな非常識な罠を仕掛けた奴は」
おそらくは狩猟用の罠なのだろう。ただし、『人間』が間違っても罠に掛からないよう目立った目印や配慮などが全く無かったのである。無作為な罠の設置は森で生計を立てる者たちにとって、非常識かつ迷惑な行為にほかならない。
(…ただ、怪我がないのは助かったな)
実際、男はもう何年と森に出入りしている身である。過去にも同じ様な目にあっており(ときに『獲物』の駆除を目的とした罠でひどい怪我を負ったこともあり、身体が資本のこの稼業では大きな痛手だった)、罠に対する心得と警戒心は人一倍持ち合わせていたつもりだ。そんな彼が全く気づけず、きれいに吊り上げられてしまったのだ。ご丁寧に『獲物』が罠に掛かった際、周囲の木々に接触しないように気を遣っていたのだろう。おかげでたいした怪我もしていない。憎たらしい話ではあるがこの罠を設置した『人間』の腕前には感謝した。
「あとは『獲物』が通りそうな場所に仕掛けとけば文句はないけどな」
周囲は男が頻繁に通っていたせいか獣などが通った形跡はなく、餌となりそうな木の実があるわけでもない。こんなところに罠を仕掛けたのは練習のためか、はたまたいたずら目的か…
(もしくは罠の『獲物』が『人間』……だから?)
とっさに感じた嫌な予感を拭うためか、男が腰に差してある解体用の鉈に手を掛けた、刹那―
―ットス
右腕に何かが当たった感触がした。それが最悪の事態のはじまりだと認識したのは、しっかりと握っていたはずの鉈を地面に落とした後のことだ。
(っ!まずいっ!!)
男が自分の右腕を確認すると矢が突き刺さっているではないか。すぐさまその場から抜けだそうと体を大きく揺するが宙吊りの状態ではそれすらままならない。すでに右腕全体の感覚は無く、男の意識も徐々に薄くなりはじめた。せめてこの仕打ちを行った者の姿を目撃すべく、矢の飛んできた方向に目をやると、そこには弓を放り出してその場でしゃがみこんでいる人影が―
「気がついたか?人間」
男は意識を取り戻すなり、不遜な声を浴びせられた。
「あれこれと聞かれる前に先に言っておく。一度しか言わないからよく聞けよ?」
声の主は一度軽く息を吸い、男の返事を待たずに続けた。
「私は誇り高き『エルフ』の一族、名を『シェリル』という。貴様は私に捕獲されここに運び込まれたのだ。」
以上で説明は終わりだ、とばかりに言葉を切られた。男は周囲を見渡し声の主を探そうとするが、腕に刺さった毒矢の影響で意識はいまだぼやけていた。体の感覚もどこか曖昧で身体を起こすのはおろか、首を動かすのもおっくうだった。それでも辺りを確認すると、周囲に壁などは無く枝と葉っぱがドーム状に茂っているだけだ。しばらく観察して男が木の上にいるのだとようやく理解できた。続けて自分の身体を確認すると、男の身体は葉っぱでできた簡素なベッドに横にされており、右腕に刺さっていたはずの矢は外され、その箇所には傷跡も痛みもなかった。
「おい人間!私の話を聞いていなかったのか!?」
不機嫌そうな声のほうへ目をやると、偉そうに足を組んで木の枝に腰かけている『エルフ』がいた。なるほど、確かに教団の方々が言われた通りの特徴がある。
エルフ特有の長く尖った耳、陽の届かない森の奥深くで生活してきたためか絹のように美しく白い肌、不機嫌に眉をひそめていてもわかるほどの端正で綺麗な顔立ち、背丈は自分の首下くらいだろうか………ただ総じて『エルフ』の体型は、草木の生茂る森で生活しやすいよう細身の体型だと言われているが、目の前のエルフは森の中で生活するには不便であろうに、太股や臀部にだらしなく肉が付いている。それ以上に目を惹かれるのは頭大はあろうかという胸部の豊満な膨らみだろう。あまりの質量に服の悲鳴が聞こえてこんばかりで、きちきちになった服により強烈な存在感をだしている。だからといって引っ込むべきところはきちんと引っ込んでおり―
「…どこを見ている、人間」
男の性の視線に気づいたエルフ…もといシェリルはさらに不機嫌な声をあげ、冷えた視線まで投げつけてきた。
「…っ!俺をどうするつもりだ!」
「私の名乗りに応
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