「今日は何を作るんだい?」
「なんだ、気になるのか?」
つい先日までは料理の「り」の字も知らず、包丁の握りかたさえ覚束なかったワイバーン。そんな彼女と一緒に料理をするようになって以来、料理の楽しみに目覚めたのか積極的に台所に立つようになり、最近では休日には作った料理を写真つきのメールで報告するようになっていた。
最初こそ茹で玉子に手こずるほどの腕前だった彼女ではあるが写真を見る限り目を見張るほどの速度で料理の腕を上げていったし、ホームセンターで並んでいそうな武骨な金網と切りっぱなしな金属板しかなかった台所は週末を迎える度に装備を充実させていったようである。
そしてなんと、今日は彼女が夕食に手料理を振る舞ってくれるらしい。
今まで一緒に台所に立つことはあったが、材料を刻むところから一切手を出さずに全部任せるというのは始めてである。当然、何を作るのか気にしないというのが土台無理な話であろう。
素直に「気になる」と告げると、彼女はそれに満足したように頷くと口の端を上げた。
「でも、教えねぇ」
「そんなぁ・・・・・・ せめてヒントだけでも」
「ダメダメ、ぜってぇ教えねぇ」
期待させておいて、わざわざ焦らすなんてあまりにも意地悪ではないか。
そんな思いで尚も食い下がって抗議したのだが、それがかえって逆効果だったらしく、ワイバーンはその獰猛な笑みにますます嗜虐的な色を滲ませた。こうなると彼女は何がなんでも教えてくれないだろう。下手に詮索しようものなら料理が出来上がるまで椅子に縛り付けるなんて強行手段にでるに違いない。
人間ならば比喩表現で済むところだが、相手は生憎と魔物である。本当に荒縄で縛り付けて部屋のすみに転がされる未来の姿が容易に想像できた。
「教えないって言ってるわけじゃねぇんだ。出来上がるまで少し待っててくれよ。
人の手料理の醍醐味ってのはそういうもんだろ?」
「わかったよ。そういうことなら大人しく待ってる」
「ん、話が早くて助かる」
勝ち目のない戦いでは戦わないというのが弱者が生き延びるための鉄則だ。諦めて両手をあげて恭順の態度を示すと、彼女は友愛の笑みだけを残して真っ白なエプロンを片手に台所へと消えていった。
話し相手もいなくなってしまい手持ち沙汰になってしまったので、仕方なく読みかけの小説を引っ張り出してきて、リビングの椅子に腰を下ろす。栞を頼りに以前の続きを開くと、包丁がまな板の上でリズムを刻みながら、油が弾ける音をBGMにして彼女の鼻唄が聞こえてきた。
その歌はとても楽しそうで、聞いている者の頬を緩ませるほどにご機嫌だった。
フッとレシピ本の譜面を見ながら彼女の指揮のもとにフライパンの上で刻まれた野菜が踊る姿を見たい気持ちが首をもたげてきたが、彼女と約束した手前、邪な気持ちにはそっと蓋をする。
なるほど、他人が作る手料理の醍醐味とはこういうことか。
そんなことを一人考えながら、ページを繰り始めた。
ーーー
「ガネッタ、人間ってなんで料理をするんだ?」
「なんでって・・・・・・?」
僕がカレーを作る様子をジッと眺めていたヴィヴィルが不意に口を開いた。
投げ掛けられた質問があまりにも予想外だったので、思わず言葉を失ってしまったが、鍋をかき混ぜていた手を止めて横を見ると不思議そうな顔で見ている彼女の表情が目の前にあった。
冗談でも返そうかと思ったが表情から察するに真剣な疑問らしく、こちらも真剣に返すべきだろうと思い直して喉元まで出てきた言葉を飲み込んで少し考えてみる。
なんで。
人間が料理をするようになった起源について知りたいのか、あるいは料理の歴史について訊きたいのか、それとももっと別のなにかについて訊きたいのか。いくつか理由を考えてみたが、料理をするのが当たり前な環境で育った人間としてはそもそも意図を掴みづらい。
真意を図りかねて彼女の顔を盗み見ると、どうやら彼女は不本意なもの言いになってしまったと思ったらしく、少しばかりバツの悪そうな表情で続けた。
「えーっと、言い方が悪かったな。オレが訊きたいのはそういう難しい話じゃないんだ。
なんていうか、なんで人間ってのは食えるものをわざわざ手間隙かけて加工するんだ?
食えないから加工するってのはわかる。食料が少ない時期の保存食として加工するってのも分かる。でも、お前らはそうじゃないだろ?
食料が足りないわけでもないのに、そのままでも食えるものをわざわざ加工する。
腹に入れば同じなのに、どうして料理をするんだ?」
全くもって理屈に合わないではないから不思議なのだ、と彼女は言う。
確かに理屈で考えるのであれば、指摘された通りだ。
越冬するために地面に穴を掘って食料を備蓄する小動物、虫や小動物を枝
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