「世界を見た感想?」
それを彼女に訊ねると空を仰いだ。
魔王に比肩する竜種……ドラゴン。天を統べ、地を見下ろし、移ろいゆく歴史をその身で体験してきた彼女は一体何を思うのか。亜竜種である未熟者の私には預かり知らぬことである。
だからこそ、私は彼女の見た物を知りたかった。
「支配者と呼ばれる者が最期の最期で凡俗極まりない終わりを迎えることもあれば、守られるだけだったはずの弱者が驚くほどの成長を見せて立ち上がることもあった。築き上げられた文化は一つとして同じ物はなかったし、あらゆる文化が人の営みから生まれる以上はどこか似通っていたよ」
私の問いに彼女は漠然とした回答を寄越した。
それでも「万物の王」と呼ばれた彼女に近づきたくて、私は彼女に更なる言葉を求めた。彼女は迷惑そうに眉を顰めたが、それでも問いを無碍にすることはなく、こめかみに指を当てて考え始めた。
「そうだなぁ、一言で言うなら…… 面白かった」
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今日も収穫無し。
強引に弟子入りし、半ば住み込みで一月ほど彼女の世話をしているのだが、彼女は一向に何かを教えてくれる気配はない。それが見込みのないためなのか、或いは私が亜竜種(ワイバーン)からかは解らない。
もういっそ教えてくれる気がないのなら、直接言ってくれればスッキリする気もするのだが、どういう訳だかそれすら言うそぶりを見せない。むしろ師匠に言わせれば「だって、お前持ってるんだもん。気付いてないだけだろ」とのことである。
「ラナン姉ちゃん! どうだった?」
私が師匠の家から出てくると、庭で草むしりをしていたカタンが走り寄ってきた。齢は十に届かないほどであろうか、幼さの残る顔立ちで人を疑うことを知らぬ素直な性格を思わせる顔立ちをしている男の子だ。期待に満ちた双眸が私のことを見上げている。
流石に私も自分より年下の子の前で落ち込んでいる姿を見せる訳にもいかず、落としかけていた肩を上げ姿勢を正す。溜息を苦笑いで覆い隠して、カタンを抱き上げてやると彼は機嫌良さそうに笑った。
「あれー? もしかして、知り合いなのー?」
「そうだよ。こっちはラナン姉ちゃん」
「彼女は?」
「トリエラだよ。草むしりを手伝ってくれたの」
不意に頭上から妙に間延びした甲高い声がして顔を上げると、そこにはシルフが居た。
なるほど、男の子とはいえ幼子が一人で草むしりをするには広すぎる庭だ。大方、トリエラとやらがラナンの手伝いをしてくれたに違いない。事情を知りつつも礼を言わなかったのは、彼女はふわふわと旋回しながら値踏みするように私を見下ろしていたからだ。
いや、実際に値踏みをしているのだろう。
そうでなければ、刹那主義的な性格を持つ風の精霊が誰かの為に苦労を買って出るなどいうことはありえないのだから。
「むぅー…… 遊んでくれないのなら、つまんなーい。私、帰るー!」
「あ……」
暫しの間、頭上を旋回していたものの私が彼女から視線を逸らさないのを見るとプイッと背を向けると捨て台詞を残してどこかに飛んで行った。
誰かの庇護下にある相手に手を出して手痛い目に遭うか、諦めて新たな獲物を探しに行くか。その二つを秤に掛けて後者を選んだのだろう。
寵愛を受けている者に手を出すのが御法度というのは極一部の例外を除いた不文律であるし、短絡的な思考のシルフであってもその程度の思慮分別はある。むしろ、分別がないのは風に乗って飛んで行ったトリエラを反射的に追いかけようとしたカタンの方だ。
「なんでさ、ちゃんとお礼も言ってないのに」
「なんでじゃない。知らない相手について行かないって言っているだろう?」
「でも、トリエラは草むしりを手伝ってくれたんだよ?
何かしてもらったらちゃんとお礼を言わないといけないって言ったのはラナン姉ちゃんじゃないか」
「そうだけど……」
カタンは私の教えた通りの正論で反論し、腕から逃れて彼女を追いかけようとする。
教育が身についていることは嬉しいが、それも時と場合による。教えたことが間違っているとは毛頭言うつもりはないが、場合によっては真意にそぐわない場合があるのも事実だ。
脱出をするために暴れて怪我をされても困るので私はカタンを地面におろし、代わりに彼の両肩に手を置いて視線の高さを合わせた。
「そうね、カタンが言っていることは正しい。
何かしてもらったら必ずお礼を言わないといけないって私も言った」
「だったら……」
「人の話は最後まで聞いて、カタン。
どうしてトリエラが貴方の手伝いをしてくれたか分かる?」
「えっと、それは…… 一緒に遊ぶ、ため?」
私が問いかけると、彼は僅かな間言いよどんだ後におずおずと回答を口にした。
半分当たりで、半分間違い。
けれども彼が知っている知識を鑑みれば
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