友達は一生の宝物

 人の形を模しているが、人ではない。

 花のような愛らしい顔、絹の様に弾力を持ちキメ細かい肌、そして、完璧に均整のとれた肢体。
 厚手の生地を贅沢に使って作られた衣装を纏う彼女は、まるで、おとぎ話から迷い出てきてしまったかの様だ。

 作り物の様に完璧で完全な少女。

 事実、彼女は作り物だった。

 まるで寝息さえも聞こえてきそうなほど精巧に作られた彼女の瞼をそっと持ち上げてみればガラスの瞳がはめ込まれていて、美しい肢体の関節には球体関節が収まっていた。
 人形技師のネクロはランプに照らされた自分の作品を眺めながら、メガネを外して椅子に腰かけて一息ついた。

「仕上げは明日の明るいうち、かな?」

 後は頬に化粧をして、それから唇に紅をさしてやるだけだ。
 早く命を吹き込んでやりたいからと言って、暗がりの中で作業をして色合いを間違えては台無しだ。愛する娘には、最高に可愛らしい姿で出会いたい。今すぐにでも完成させたいという衝動を抑え込む事には苦労したが、それでも誰よりも愛する娘のためなら苦ではなかった。
 少し気が早いかもしれないが前祝だ。こんな時のために取っておいた飛び切りの葡萄酒があるはずなので、それを開けることにしよう。
 コルク栓を抜いてグラスに注ぐと濃厚な香りが部屋に広がり、グラスから口に含むと芳醇な葡萄の味が一杯に広がった。一緒に持ってきたつまみのチーズに舌鼓を打ちつつ密やかな祝杯をあげる。
 グラスを傾けながら明日こそ日の目を見る少女を見ていると、ぼんやりとしたランプの柔らかい明りに照らされた彼女には頬に既に朱がさして本当に血が通っているように見えた。

「まるで、生きているみたいだな」

 誰に言うともなく独り言を呟くと吐息がランプの炎を揺らし、独り言を静かに聞いていたドールが笑っているように見えた。

 生きているはずないじゃない、と。

 まったく……自分のドールに笑われる様では世話はない。食事を忘れて根詰めて作業していたので、もう酔ってしまったのだろう。折角秘蔵の一品を開けたところだが、明日の作業に支障が出てしまっては事だ。仕方がないので今日はもう寝てしまおう。

「お休み、良い子にしているんだよ」

 こんなに可愛い愛娘が悪い事をするはずもないのだが、そう声をかけてから頭を撫でてランプの火を消して寝室へと向かった。


・・・
・・



「なーんてね」

 軽やかな声が部屋から生まれたかと思うと、マッチが擦れて小さな火が灯った。ランプへと移された炎は、同時に声の主を照らした。薄明かりに照らされているのは、紛れもなく人形技師のネクロが作っていた少女の顔だった。
 そのまま人形のはずの彼女が年相応の悪戯っぽい笑みを浮かべたまま手に持った明りを高々と掲げると、壁に掛けられた操り人形や木彫りの人形達が照らし出された。暫く、何かを探すように周囲を見渡していたのだが、部屋を一周した辺りで部屋の中央に陣取り頬を膨らませた。

「ほら、皆起きているんでしょ? いつまで続けているの?」

 鈴の音を転がした様な、けれどちょっぴり怒った様な声。
 そんな声に弾かれて、一斉に人形が動き出す。操り人形は壁から飛んでピョコピョコと飛び跳ね始め、木彫りの梟は羽を広げて少女の隣に降り立ち、ゼンマイ仕掛けのネズミ達は追いかけっこを始めた。彼女は人形達のそんな様子を見て、再び可愛らしい笑みを浮かべた。

「明日、完成なんだってね」
「そうらしいね」
「おめでとう」
「ありがとう!」

 口々に祝福する人形達に彼女は嬉しそうに答える。
 それから、誰かがネクロが残したワインとチーズを持ってくると、小さな誕生日会が開かれた。
 やはり共通の話題と言えば、作り主であるネクロの事のようだ。この家に随分と長い事居る練習用の人形達は「手間暇掛けすぎだ」だの「ここを人形屋敷にする気じゃあるまいな」だのと悪口を言い始め、修理にここにやって来た人形は「なんでも気が付いて直してくれるのは、ありがたいけどね」と顔を見合わせる。他の人形達のそんな話を少女は、ケラケラと笑ったり、興味深そうに身を乗り出して聞いたりしていた。

「ねぇ、貴女は誰に貰われるの?」
「あれ、良いとこのアリスに貰われるんじゃなかったけ?」
「あぁ、あの子か。 良かったな。 ずっと可愛がってもらえるぞ」

 そんな楽しい誕生日会は、その会話で急に静かになった。
 人形なのだから誰かに貰われて当たり前、むしろ誰かに遊ばれてこそ自らの存在価値を認めてもらえると信じて疑わない。誰も悪気はなかったのだろう。けれど、だからこそ、それが確固たる事実だと彼女に突きつけてしまう事となった。

「……いや」
「「え?」」
「嫌! 貰われるなんて絶対に嫌! 私はずっとここに居る!」

 不意に泣きじゃく
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