グラキエス。その体を覆う氷の魔力は有形無形問わずあらゆる物を遮断し、拒絶するという。
「・・・」
「・・・」
じっと彼女は値踏みをするような視線で僕を見る。氷の名を冠する魔物だけあってその表情は無く、視線も冷ややかだ。僕は彼女から視線を離せず、身じろぎもできなかった。
無論、体が氷漬けにされているなどという野蛮な理由ではない。人であれ魔物であれ、無理矢理にでも体の自由を奪えば、すぐに警察が飛んでくるだろうし、そこからなんとか逃げた所でアヌビスに追い詰められるのが関の山だ。僕が視線も体も逸らすことができなかったのは、ただただ純粋にグラキエスが何かに興味を持つという姿が珍しかったからだ。
「あの・・・」
なんとなく先に声を掛けた方が負けな気がして、暫く黙っていたのだがあまりにも無機物を見るような視線が容赦なく突き刺さってきたので、とうとう此方から声を掛ける。
すると、彼女はそこで漸く僕が生命体であることを認識したとでもいうようにゆっくりと顔を上げてコチラを見た。
「なに?」
「いや・・・ なんで僕を見るのかな、と思って」
「嫌?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
予想外の彼女の反応に僕が言葉を詰まらせると、彼女は再び僕の観察に戻ろうとする。
普段は弱気で人に意見をなかなか言えない僕ではあるけれど、今回ばかりは流石に待ったを掛けた。ほんの少し、一瞬だけ不機嫌そう眉を震わせると再びコチラを見上げた。相変わらず無言のまま「お前は何だ」とでも言いたげな表情を浮かべているけれど、ここで再び弱気に出てしまえば余計に僕の立場は悪くなってしまう。
一度だけ深呼吸をして、それから彼女の目を真っ直ぐ見る。
「なんで、僕のことみているのかな?」
「そこに貴方が居たから」
「・・・」
勇気を出して言った僕の一言は、彼女にバッサリと切られてしまった。
答えるべき事は全て答えた。答えた以上観察するのは私の当然の権利だ。そんな無言の主張をしながら思う存分彼女は僕の観察を始める。
そうなってしまうと会話が苦手な僕は弱い。どう取っ掛かりを見つけて良いのか分からない。抵抗もできず、ただ彼女の視線に耐えることしかできない。小さく溜息をついて空を見上げる。朝からぐずついた天気が続いていたが、シトシトと雨が降っている。待っているバスが早く来てくれれば良いのだが、バス停に来る途中でバスが出発してしまうのが見えたからすぐには来ないだろう。
どうやら、僕は次のバスが来るまでの時間を自分の胸ほどまでしかない少女に遠慮なくジロジロと眺められながら待つ羽目になりそうだ。
「・・・寒い?」
手をすり合わせていると不意に彼女は言った。
か細く、ともすれば聞き漏らしてしまいそうな声。彼女の方に視線をやると、目線があった。その表情があまりにも無表情だったので、本当に彼女が問うたのかと疑問に思ったけれど、この至近距離で・・・ましてや僕と彼女しか居ない二人きりのバス停の中では聞き漏らすはずがない。
どうしよう。もしこれが本当に空耳だったら、ここで答えるのはあまりにも恥ずかしい。でも、もしも本当に彼女が訊いて居たのだとしたら折角の話す機会を見失ってしまうことになる。
それなら。
僕は少しだけ勇気を奮い起こす。どうせ間違っても少しばかり恥ずかしいだけだ。彼女はきっと笑わないだろうし、もしも笑ってくれたら無表情でいられるよりもずっと良い。できるだけ気付かれない様に呼吸を整えて、声が震えないように注意しながらゆっくりと発音する。
「少しだけ、ね」
「そう」
会話のきっかけになることを期待したのだけれど、ほんの僅かに彼女は表情を揺らしただけで、ほとんど無表情のまま相変わらず彼女は乗ってこなかった。
折角話に乗ったのに、とも思ったが彼女もまた人見知りなのかもしれない。
僕らは無言のままバスを待つ。
五分だろうか、それとも二十分だろうか。
黙っているのは得意だし、気にならない。ぼんやりと空から降ってくる雨粒を眺めながら待っているとバスが来た。
車体を軋ませながら目の前に止まると、プシューッとガスが抜ける様な音がして扉が開いた。車内に乗り込もうとステップに足を掛けると後ろに本の微かな気配を感じた。
「寒いの…… 私のせいなのかな?」
・・・・・・・・・・
ガシャッと音を立てて扉が閉まり、不機嫌そうにクラクションが鳴ってバスが出る。
小さくなっていくバスを見送った。
「なんで、乗らなかったの?」
当然の疑問を口にする。
間の抜けた、それでいてどこか勘の鋭そうな青年は困ったように苦笑を浮かべた。
「雨が止んだから、歩いて帰ろうかと思って」
傘を畳みながら答えた。仮に雨が止んでいたからといっても、それは理由にはなるま
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