やっちまった食事風景 in イルの家

 穏やかな陽気の中、北の塔を目指し歩く二人組み。一人は少しよれた茶色の皮のコートを着た細身の青年。顔はどこか幼さが残り、わずかに垂れ目の瞳が優しそうな印象を与える。連れは少女で、背は拳一つ分ぐらい低い。定期的に人や物が通るために踏み固められてできた道を仲良く歩く姿はとても微笑ましいのだが、一点だけおかしな点があった。
 つれている少女の頭には可愛らしい花があった。花飾り自体は珍しくないのだが、頭につけている花は飾りにしては随分と巨大だ。よく見れば、肌の色も薄緑色をしていて髪の毛の代わりに葉っぱがある。
 マンドラゴラ
 そう、彼女は魔物だ。
 ファフでは魔物と交流があるので珍しい光景ではないのだが、神の教えを守り魔物を敵視する敬虔な正教徒が彼らを見れば魔物に誘惑されている光景に見えるだろう。ただ、彼自身はマンドラゴラに襲われる心配はしていないし、彼女が一緒に居てくれるお陰で他の魔物に襲われないと感謝していた。
 信頼している理由は簡単で、彼は薬師で、マンドラゴラはその助手であり患者、そして、効用を引き出すべき材料だからだ。

 青年は立ち止まって振り返る。半歩遅れて歩いていた魔物もそれに気が付いて立ち止まった。
「イル、北の塔まで一緒に来てくれるのは助かるけど、本当に良いのかい?
 遠いし、休みなんだから部屋で待っていても良かったんだよ?」
「ううん、僕も一緒に行きたいんだ」
 恥ずかしそうに笑ってイルと呼ばれたマンドラゴラは答えた。



・・・



「それなら、僕も一緒に行けば良いじゃん」
 転移用の魔方陣がメンテナンス中で北の塔まで歩いて行くから、一週間弱ほど診療所を閉める事を告げるとイルはそう答えた。俺は往診用のバッグに道具を詰める手を止めてイルをみた。
「でも、イルは定休だろ?」
 薬師は急な仕事が多く、深夜に急患が運び込まれる事がある。
 イルが最初に来た時はまだ子供(今でも子供っぽいんだけど・・・)だったので、仕事とは言え毎回付き合わせるのは少し酷だ。健やかなる成長のためには、十分な休息が必要なのだ。誰かが瀕死で担ぎこまれ、手が足りない時以外は時間外には労働させない事にしている。
 そう決めておかないと、真面目なイルは成長に使った体力が戻らないまま働く事になってしまう。
「じゃあ、ディアンは北の塔の行く途中で魔物に襲われても良いの?」
「うっ・・・」
 イルは異を唱え、俺は言葉を失った。
 そう、今回の旅路の最大の難関はそこだ。北の塔まで歩いて二日かかる。それは即ち、どう頑張ってもどこかで一晩は野宿をしなくてはならない。ファフの周囲で野宿、これがどれほど恐ろしい事か・・・

 ファフの周囲で野宿をした商人がいた
 真面目な商人で、俺もよく買い物をさせてもらっていた
 次の日だった、その商人の商品ラインナップが一新されていた
 おもに・・・大人の薬と玩具に・・・

 ファフの周囲で野宿した正教徒がいた
 正教徒ではあったが魔物を敵視していなかったし、誰からも好かれる優しい子だった
 次の日だった、その子は心機一転した。
 ・・・快楽至上主義になっていた
etc.

 ファフの周囲は人生の転機がゴロゴロと転がっているのだ。ファフの周囲には知り合いが多いから、人生の転機の転機とまでは行かないだろうが三日、四日ほど遅刻する事は確定する。
 遅刻なんてすれば、北の塔の主たるクロム=ブルームは「クククッ・・・遅刻の言い訳を聞いて置こうかのぅ」なんて言いながら、これ以上ない程の笑みを浮かべて一部始終を詳細に説明させるために自白剤を飲ませるだろう。
 そして、空白の数日を説明させると、サバトの魔女達はわざとらしく会議を開くのだ。時折、蔑むような視線や新しい玩具を見つけた好奇な視線、何かをたくらむような視線が向けられる。その視線(一部の人にはご褒美) に耐えた後に、悲しげな声でクロム=ブルームは言うのだ。「我々は、ディアンの事を許そう。しかし、約束を違えたのにも関わらず、咎めがないのでは互いに信頼できぬ。心苦しいのだが、罰を与えさせてもらうぞ」と。
 後はお察しの通り。
 帰るの何日だろうなぁ・・・

「け、結界を張れば多分大丈夫だと思うんだけど」
「クロム様なら、結界をご丁寧に壊しにくると思うよ・・・」

 正論だ、あの淫獣ならやりかねない・・・

「それに僕が一緒に行けば、僕の家に招待できるから野宿もしなくて大丈夫だよ」


・・・


 正直に言わせてもらうと、イルの花に触れてしまって後は関係が少し気まずかった。謝ったら一応は許してくれたのだが、それでもやはり、傷つけてしまったのではという罪悪感が拭いきれないていなかった。
 だから、イルが自分から一緒に来てくれると言った時は嬉しかった。



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