かたつむりっぽいおおなめくじ

 窓の外には綺麗なアジサイが咲いていて、その上をカタツムリが嬉しそうに這っている。
 けれど、俺の気持ちは今の湿度のように鬱々としてくる。
 それもそのはずだ、連日の長雨では満足に出かけることもできないし、それでも学校には来なくてはいけないので億劫になる。
「なーにー? けーちゃん、黄昏てるのー?」
「そりゃな。 ウチのクラスで梅雨の季節で喜ぶのは濡れ女子の清水と大ナメクジの水野、お前ぐらいだ」
「うー…… 雨を悪く言わないで欲しいなー…… それに、私達だけじゃなくて、スライムだって、喜んでるよぉ?」
 ゆらゆらと左右に体を揺らして抗議をしたが、元々がのんびり屋な性格なためか、あまり威厳はない。
 それとスライムの江藤は隣のクラスだ。そろそろクラス全員の顔を一致させても良い頃合だろう。間違いを指摘してやると、水野は「あぅー… また、間違ったぁー…」などと頭を抱えながら身を捩り始めた。
「……それで、水野は俺になんの用?」
「あそぼー?」
 ごそごそと鞄を漁ると、オセロやチェスを初めとしたボードゲームの類を一式取り出した。あまり気乗りはしないけれど、昼休みには他にやることもないので暇つぶしには丁度良いだろう。頷くと水野はニッコリとわらった。
 駒を並べて軽く礼をしてから、交互に手を進める。
 二人の人間が小さな盤を挟んで額を付き合せていれば終始無言というわけにもいかず、自然と会話が生まれてくる。内容なんてものはあってないようなものだ。全く関係ない身の上話、今日の天気の話と今後の予報、誰と誰かが付き合っているという噂話、本当にありきたりな話だ。
「私ねー…… 雨、好きなんだー……」
「知ってるよ」
 細い指が白い駒を置いて。黒い駒を摘まんでひっくり返す。
 それに応えて黒い駒を置いて、白い駒をひっくり返す。
 戦局は黒がやや優勢。しかし、このままいけば黒の勝ちは確定と言ったところだろうか。
「どうしてか知ってるー?」
「うん? そりゃ、体の手入れが楽だからじゃないのか?」
 水野の体は粘液で覆われている。そのため、空気が乾燥すると、水分が奪われて簡単に脱水症状を引き起こす。人の多い通りや随所に水道のある場所ならば、そう簡単に命に関わる問題になることは無いが、それにしたって乾燥で動けなくなるのは気分の良い物でも無いだろう。そう思って応えたのだが、水野はフルフルと緩やかに首を振って盤の上に駒を置いた。
 そのとき、水野の不用意に置いた駒のお陰で黒の勝利は確定した。こちらが駄目押しの一手を打つと水野は漸く気がついたのか「あぁー 負けたー」っと素っ頓狂な声を上げた。
「違うのか?」
「うん、違うー」
 相変わらずのんびりとした応えだ。それから、勿体ぶりながら「私が負けたから、仕方ないから教えてあげるー」と言った。にへらーっとした間延びした笑いを浮かべている辺り、訊いて欲しく仕方なかったのだろう。
 阿呆。 それだから、間抜けといわれるのだ。
 少しくらい意地悪で「別に」と応えてやった方が後々学習するのではないかとも思ったが、鈍い水野のことだ。からかわれたことに気がつくまでに半年掛かるだろう。そうしたら、こいつはきっと忘れている。そして、多分来年も同じことをやるのだろう。
「なんだよ。 好きな理由って」
「それはねー…… 皆と家族みたいに一緒に居られるからだよー」
「………くだらねー」
 呟くと、水野は「そんなこと無いよー」と怒った。
 怒っても語尾が伸び伸びなので、相変わらず怖くは無い。
 まぁ、水野の言うことは分からんでもない。要は水野は下らないことをしたいのだ。
 勿論、水野にだって友達は居る。むしろ多い方だ。だからこそ、雨の日に皆と下らないことがしたいのだ。
 晴れていたってできる。遊びに行くとなれば友人達は水野を積極的に誘って、フォローしてくれるだろう。友人達もそれを当然として受け止めているし、水野も笑顔でお礼を言える。すばらしい友人関係だと思う。ただ、水野もたまには遊びに誘いたいし、フォローされないで対等の立場で友人と接したい。だから、あまり場所を気にせず室内でのんびりできる雨が好き。そういうことなのだ。
 相変わらず、水野は盤の向こうでムスーッとした表情でこちらを睨みつけていた。こりゃ、確かに怖い。教室内に居たら捕まえるまでいつまでも執拗に追いかけてきそうだ。
「分かった分かった。 水野、俺の負けだ」
「うそだー。 けーちゃん、絶対私のこと馬鹿にしてるー」
「してねぇーよ。 んじゃあ、誠意として、今日はお前に付き合う。 これで良いか?」
「いいの? やったー♪」
 さっきまでの表情はどこにやったのか、喜々として万歳をして元気一杯に喜ぶ水野を見て苦笑する。
 たまには……部屋で室内遊戯も悪くないかもしれないな。
12/10/03 21:28更新 / 佐藤 敏夫
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