無顔の親

 困った。
 無意味にバタバタと羽を羽ばたかせてみるが、そんな事で思い出せる筈も無く、むしろ、焦燥だけが胸のうちに溜まっていく。
 どうして、こんなにも忘れっぽいのだろう。自分がハーピーだからだろうか?
 しかし、友人には「好きな人の顔をしょっちゅう忘れる」というと馬鹿にされるので、恐らくは自分だけだろう。正直、自分のとり頭が恨めしい。
「うぅ………」
 幸い、頼まれたお使いのメモは持ってきているので、主人は部屋で待っていてくれているだろうから家に帰れば問題ない。そうと決まればさっさと用事を済ませてさっさと家に帰るに限る。
「………でも、どうして思い出せないんだろう………」
 風に乗り、町の方に翼を向けながら考える。
 別に主人を全く忘れたわけではないのだ。ちょっと汗っぽい匂いも、ごつごつしているけど優しい手のひらの感触も、何かあるごとに呆れたように人差し指でこめかみを押さえる仕草も全部が鮮明に思い出せる。けれど、やはり顔だけが覚えられていないのだ。
「………どうして?」
 そこが不思議だ。
 もしも、町の人間の顔を一人も覚えていないのであれば、それはそれで自分が馬鹿だったと納得できるのだ。しかし、自分は確かに人の顔を覚えるのは苦手だが町の人間の顔は大体覚えている。だからこそ、一番身近に居るであろう主人が覚えられないのが不思議なのだ。
「おーい、ハーピーの姉ちゃん」
 不意に下から声がした。
 気がつけば、いつの間にか町の方まで来てしまっていたようだ。八百屋の子が空を飛んでいる私に向かってブンブンと手を振ってきた。そういえば、お使いのメモには野菜を買ってくるように書いてあった。少し行き過ぎてしまったので、大きく弧を書いて旋回して八百屋の前に軟着陸する。
「パンツみーえた」
「……っこの!!!」
 にひひ、と笑うエロガキの頭にアイアンクローを食らわせてやる。頭が鉤爪で掴むには丁度良い大きさなので、食い込んでそう簡単には外れない。
 ギリギリと足に力を入れて締め付けてやると、より一層に惨めったらしく暴れた。もっともあんまり加圧しすぎると八百屋の前によく熟れたトマトが潰れる事になりそうなので、適当に解放してやることにする。
「……怪力馬鹿」
「うっさい! エロガキは死ね!」
「で、今日は何のよう? また、おつかい?」
「なんか文句ある?」
 メモを渡しながら、胸を張って言ってやる。
 そうとも、私は忙しいご主人様の代わりににお使いを頼まれたのだ。このお使いは大事なお使いだから誰にでも頼めるわけでもないし、信頼できる人物でなけば行かせることもできない。だからこそ、こうして自分に白羽の矢が立ったのだ。
「……夕飯の買出しなんて、今時は近所の子供でもやるけどな」
「なんか言った?」
「いいえ、なんにも」
 何か言いたげに少年は呟いた。なんだか馬鹿にされたような気がして何だか腹が立ったが、少年は商品を紙袋に詰めた商品をこちらに押し付けながらそっぽを向いて口笛を吹いていた。何か言ってやろうかとも思ったが、何を言ってもシラを切られそうなので、ぐりぐりと額に代金を押し付ける程度で我慢してやる。
「……毎度」
「……いーえ、こちらこそ」
 家に帰ったら主人に言いつけてやろう。
「もうミニスカートなんか穿いて来るなよー」
「うっさい、馬鹿」
 こっちまで頭が悪くなりそうなので、さっさと帰ろうとすると不意に少年が引きとめた。
「……お前、いつ森に帰っちまうんだ?」
「森に帰る?」
 はて、この子は何を言っているのだろう。
 言っている意味がさっぱり分からない。
「そうか、んじゃあな。 気をつけて帰れよ」
「ばーか、空に危険なんてあるわけないじゃない」
 またね、と言う少年を後に私は主人の待つ家に帰っていった。

………

「ただいま」
「おかえり」
 部屋に帰ると主人は家で待っていた。
 沢山のお面が掛かっている部屋の真ん中にご主人様は居た。
 あぁ、そうだ。今日の顔は兎のお面だった。
「あのね、今日はね、八百屋の子がね……」

………

 鳥には刷り込み、という習性がある。
 初めて見る物を親だと思うのだ。

 とある嵐の日、村の近くに傷ついたハーピーが倒れていた。
 恐らく、雷で倒れた木の下敷きになってしまったのだろう。もう既に手遅れなのは明らかだった。
 けれど、そのハーピーは奇跡的に無傷に残った卵を差し出しながら言ったのだ
「無理を承知で、お願いします…… どうか、私の子…… 私の赤ちゃんを……… 育てて下さい……」
 と

 我ながら阿呆だと思う。
 そんな義理も無ければ、親でもない。 あんな卵、親になる気が無ければ早々に潰してしまえばよかったのだ。

「お前は一人前になっただろ? 森に帰れよ」

 ハーピーのヤツ、泣きそうになってた。
 今
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