容姿端麗、才色兼備、文武両道。ここまでくればその才能を妬む人も居そうな物だが、性格は明朗快活で公明正大。当然人望も厚く、悪く言う者もいない。近所でも「よくできた子」などと評判である。
だが……
「よう、少年! 元気無いな、どうした? 元気なのは息子だけか?」
唯一の欠点は彼女が朝から元気良く下ネタを飛ばしてくる所だろう。周囲の人間的には多少の完璧じゃない方が取っ付きやすくて良いなどと言うが、正直なところそういう問題ではないだろう。
「鈴鹿姉ちゃん、朝から開口一番に下ネタ飛ばされたら、そりゃ萎えるよ」
「朝から萎えているのか仕方ない。私が一肌脱いで勃たせてやろう。案ずるな、怖い事など一つもないからな! ………ゴフッ」
服を脱ぎながら伸びてきた痴女の魔の手を踏み込むようにして僅かに体勢を低くして避け、そのまま突き上げる様にがら空きになった鳩尾に寸勁を叩き込む。実践を通した反復練習によって洗練された一撃を喰らって盛大に吹き飛び、地面でバタバタとのたうちながら苦しんでいた。
「………くっ。 このサキュバスの誘惑にも動じないとは、腕を上げたな」
「姉ちゃんが毎回襲ってくるからね……」
そう彼女こと鈴鹿はサキュバスである。それも、人間から魔物化したわけではない生粋のサキュバスだ。
そんなサキュバスだが、幼稚園の時から家が隣同士であり、小中高と同じ学校に通い、家族同士での付き合いもある。そんな自分が無事に生きているのは、一重に彼女が良識ある魔物だからだろう。
どちらかというと残念美人、と言った方が良いかもしれない。
「備えあれば憂いなし。 魔物の多く住む魔都で生きていくならば、必要な技術だろう?」
「大丈夫、姉ちゃんしか襲ってこない」
もっとも現代のサキュバスは男を吸い殺す様な事もしなければ、魔物化もしない。そんなことを無理にすれば、すぐにアヌビスが飛んできて引っ張っていくだろう。
「……貞操を守りたければ、強くなれ」
「姉ちゃんが襲わなければ万事解決だ」
何が悲しくて高校に行ってまで、サキュバスの奇襲に対する実践経験を積まなくてはならないのだろうか。周囲には「綺麗な姉ちゃんと幼馴染で、その上一緒に居られるなんて羨ましい」とは言われるが、実際問題そんなに良い事はない。
鈴鹿はこちらを遊び感覚で襲っているだけで意味はなく、強いて言うなら反応が面白いから悪戯してやろうという程度の玩具で遊ぶ感覚だ。
「いや、本当の所、私とてお前の事を襲いたくはない。月に一度、私の中のサキュバスとしての本能が疼いてしまって、私自身にはどうしようもなくなってしまうのだ、その時は無意識に最も近くの男であるお前を選んで……」
「姉ちゃん」
「ん?」
虚を突かれたように、くりんとした澄んだ目で見つめてくる。ちょいちょい、と手招きすると子猫の様に素直にそれに従った。息を大きく吸う。そして、耳に向かって一言。
「バーカ」
サキュバスは耳を押さえて悶えた。
一体いつの話だ。
魔物と人が暮らすようになったのは何世紀も昔の話である。魔物が人を襲う本能も随分と薄れているし、本能を抑える薬などは近くのコンビニでも普通に市販されている。言い訳にするにしては、あまりにも酷過ぎる。
拗ねたような表情を浮かべている辺り全く持って反省していないようだ。
「良いではないか、智彦。 こうしてお前の事をからかえるのも後一年ないのだぞ? 高校を卒業して大学に行ったら、帰って来た時ぐらいしか遊べないからな」
「んじゃあ、後一年我慢すれば良いね」
「そうとも! しかし、その前に一発位本番を……サブミッションはやめてぇ!!!」
掴みかかろうと伸びてきたサキュバスの手首を掴み、小手を返して間接を決める。大して痛くはないのだろうが、べしべしと太ももを叩いて解放を求めた。
「全く、登校中だって言うのに、油断も隙もありゃしない……」
………
「おーっす、長峰」
「よう、智彦。今日も鈴鹿先輩と一緒か?」
「一緒っていうか、あっちがくっついて来ただけだけどな」
教室に辿り着いたのはホームルームが始まる五分前だった。机に鞄を降ろし、一息いれながら椅子に座って、悪友の方に向き直る。あっちは何が楽しいのかニヤニヤとした下品な笑いを浮かべていた。
「くっついて来たって随分余裕じゃねぇか」
「余裕って何がだよ」
これは絶対に何かよからぬ事を考えている。
あまり期待せず教室に来る途中で買った缶ジュースの蓋を開け、口を付ける。
「鈴鹿先輩に告白しなくて良いのか?」
予想外の一言に思わずジュースを吹きかけた。お蔭で、一瞬クラス中が静まり視線が俺に向かって集まった。
「いきなり何を言い出すんだ、この、馬鹿!」
「だってそうだろ? 鈴鹿先輩、今年で卒業
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