懐古

 少しばかり昔の話をしよう。

 とある精霊の話だ

 その精霊には大した力はなかった。
 彼女の持つ豊作をもたらす力とは、大地の精霊の力や水の精霊の力に比べれば微々たる力だ。もっとも大した力はないとは言っても、それは精霊の間の中での話であり、人から見ればまさに奇跡の業に等しい。

 そも、素朴な生活を細々と営む集落に住み着いていた精霊であれば、その力でさえ神格化され信仰の対象として崇められたとしても不思議ではなかった。

 女神という完全な結晶には程遠い、精霊の端くれのような彼女だったが、自らの力の及ばなさを自覚しつつ苦笑を持ってそれを受け入れた。
 それゆえか、己の至らなさを誰よりも理解している彼女は村人と混じって生活した。崇拝されれば人は盲目的となる、己の弱さを隠そうと思うのなら崇められる方が隠しやすい。己を隠さず、村人にありのままの姿を晒すことで自分を律することにしたのだ。
 当初こそ、精霊のあまりの粗暴さと能力に落胆した村人達はいた。しかし、彼らも時を重ねる毎に彼女に対する親近感というものを感じ始めた。

 不完全であるが故に、親近感を抱かせ
 親近感があるからこそ、女神として愛されることになった

 彼女もまた村人を愛したとしても、何も不思議は無かっただろう。

・・・

 眼が覚めた。むっくりと身体を起こして大きな欠伸を一つ。
 窓の外を見れば、小鳥が阿呆みたいに機嫌良さそうにチッチと騒いでいた。腹が空いているのは分かる、だが、だからと言っても少しぐらい我慢してくれ。たまにはノンビリと惰眠を貪らせて欲しい。
 行動に対しては結果を求めてしまう。それは極自然な流れだ。
 だが、結果をすぐに求めるのはよろしくない。一日で実りを迎えるなど外見だけで中身が伴うはずがなく、真に中身を伴った実りには十分な手間と時間を掛けてやらなくてはならない。それに実りの季節を迎えるには、まだしばしの時間が重要なのだ。

「って、そんな事言っても。 お前らが分かるわけねぇよな・・・」

 恨みがましい瞳でジッと見つめるが、視線が合うとパタパタと飛んで行ってしまった。
 目が覚めてしまったものは仕方ない、起きるか。
 半ば諦めにも似た感情を抱きつつベッドから降り着替え始める。軽く身体を解して、それから、顔を洗ってパンを齧りながら外に出る。
 外の空気は心地良く肺に浸透し、ゆっくりと意識を覚醒させる。見上げれば青い空、温かく柔らかな太陽の光が平等に降り注ぐ。

 今年も豊かな実りが期待できそうだ。

「おはようございます」
「おぅ、おはよ」

 ぼんやりと物思いに耽っていると、村の青年が丁寧に挨拶してきた。
 挨拶を返すと嬉しそうな表情を浮かべた。

「今日は村のお祭りなので、お迎えにあがりました」
「毎年毎年ご苦労なこった。別にわざわざ迎えにこなくったって、オレだってガキじゃねぇんだ。自分で行けるっつーの」
「そういうわけにはいきません。 精霊様には失礼のないように最大限のおもてなしをするように、村長からよく聞かされております」
「へーへー、あのジジイからね? 全く堅苦しいったらありゃしねぇよ、あのジジイ。 旨い酒飲んでさ、楽しく騒いでりゃオレはオッケーなわけ。 儀式だなんだ、なんてのはさ気持ちと名目が重要なんだって。 お前もそう思うだろ?」
「村長が聞いたら、怒りそうですね」
「年柄もなく怒ったら、あのジジイもぽっくり逝っちまいそうだ。 アイツもそろそろ自分の身体も気をつける年だろうな」
「自分では、まだまだ現役って言っていましたよ」
「現役か、笑わせてくれるぜ」

 精霊の家は村から少し離れた小高い丘の上にある。村の方が無論便利なのだが、村の全景を一望できるこの場所を自分の住処として選んだ。迎えにこずとも毎日のように遊びに来て、時に喧嘩しながらも村人と交友を深めている。
 ここに居ない村長の悪口をいうが、その言葉には嫌悪の色は無く、どこか親しみが篭っている。信頼しているからこそ、どんな罵詈雑言を浴びせても大丈夫、相手もちゃんとコチラの意を汲んでくれるとでも言いたげだ。もし仮に村長が居たとしても、精霊が今の言葉を撤回することもないだろうし、村長の方も一応憤慨こそすれ後々まで引き摺ることはないだろう。

「村長とは昔何かあったのですか?」
「あん?」

 ふと、気になって訊ねると精霊はいつの間にか道端でもいだ果実に齧り付こうとしながら振り返った。素っ頓狂な表情を浮かべていたが、それはすぐにニィっと意地の悪い笑みに変わる。
 口の端を上げると、キラリと鋭い牙が覗く。

「聞きたいか?」
「え、えぇ・・・ まぁ」

 あからさまな豹変に、青年は少しだけ戸惑った。
 その笑顔は女神や精霊というより、むしろ、悪戯好きな小悪魔に似ている。興味には勝てず
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