一陣の風が吹いた。
慌てて頭を押さえたが、手をすり抜けて帽子は悪戯な風に攫われてしまう。
いけない
あの帽子がないと耳を隠せない。誰かに見られたら、きっと驚かせてしまう。ニンゲンは自分と違う生き物を嫌うと言っていた。折角仲良くなれたのに、嫌われたらどうしよう。嫌われるのは嫌だ。
誰かに見られないように耳を押さえながら、必死になって追いかけた。
けれど、悪戯な風は笑うだけで返してくれない。
・・・
小さな音を立てて足元に何かが落ちた。軽く砂を払って拾い上げてみる。
何の変哲もない、子ども用の帽子だ。
ゆったりとした形をしているし、きっと元気な男の子よりも少し恥ずかしがり屋の女の子が似合うだろう。何の確証も無いけれど、ボンヤリとそんな事を考えてしまう。
暫くすると、トントンと今度は何かの足音が近づいてきて、近くでピタリと止まった。振り返って音の方に視線を移す。
そこに居たのは、大きな瞳が印象的な少女だった。長い距離を走ってきたのか、両手で何かを隠すようにギュッと頭のてっぺんを押さえたまま、肩で息をしている。
そういえば、さっきシルフ達が風を起こして遊んでいた。
もしかしたら、そんな妖精達の困った悪戯をされてしまったのかもしれない。
君のかい?
そんな気持ちを込めて軽く掲げて笑いかけると、少女は手を伸ばしかけて慌てて引っ込めた。ブンブンと首を振って否定したが、困りきった瞳でジッと帽子を見つめている。きっと、彼女はこの帽子の持ち主なのだ。
けれど、何か頭のところにどうしても隠しておきたいものがあるのだろう。
思わず顔が綻んでしまう。
だから
んにゃ
ポスンと頭の上に帽子を乗せてやる。
猫のような小さな悲鳴をあげて、手の下からじっと睨みつけてきた。
だが、帽子越しにワシャワシャと頭を撫でてやると、その表情はすぐに変わり、不思議そうにパチパチと目を瞬かせた。
似合っているよ
ポンポンと最後に手を置いてから離す。
少女は顔から火が出そうなほどに顔を真っ赤にした。口をパクパクと動かした後、俯いてゴニョゴニョと何かを呟いたかと思うと、それから慌てて背を向けて元来た道を走っていってしまった。
ちょっとからかいすぎてしまったかもしれないな。
そんな反省を抱きつつ、ワンピースの下から可愛らしい尻尾を覗かせる少女を見送った。
・・・
「お母さん!」
「こーら、いきなり抱きつかないの。 手元が狂ったら危ないでしょ?」
「ニンゲンって優しいんだね」
「何かあったの?」
「帽子拾ってくれたの!」
「それは良かったわね、キチンと御礼は言えたのかしら?」
「あ・・・ うん、一応は言った・・・よ?」
「一応じゃ、だ〜め。 明日会って御礼を言ってきなさい」
「・・・はぁ〜い」
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