後悔

 人は「神様はいつだって身勝手だ」という

 老いた夫婦のたった一日の家事を変わってくれない
 飢えた子供に一切れのパンを与えてくれない
 貧しく清い心を持った若者に学ぶための僅かな金も授けてくれない

 それを聞くたびに、確かにそうかも知れないと思う

 寒い冬、老婦が寝たきりの老人のために冷たい水に手を浸すのにも手を貸さなかった
 動けぬほどに衰弱し、皮を突き破るほどに骨が浮き出た子供の手にパンを与えなかった
 貧しく清い若者の手に人を殺す剣の代わりに、銅貨を握らせた事はない

 神は人を愛しているが、誰か一人を寵愛することはできない
 誰か一人に寵愛を施せば、それを見た誰かが自らも寵愛を受けたいと望む
 だから、誰か一人に恩恵をもたらすことはできないのだと言う

 オレが豊穣の女神と言われたとしても、その力が及ぶ範囲は限られる
 寝る間も惜しんで死ぬ気でやった所で望む全てを与えられるのは数えるほどだろう
 それも、何かの代償を必要とする

 身勝手だって言うけれど、全ての人間を愛するほどの力はないのだ
 与えられぬ事に憤り、かといって代償として奪う事も許さない
 仮に与えられたとしても、特別でない寵愛などそれは寵愛ではなく「当然」なのだ

 幾多の怨嗟の声を聞き、人間とはそういうモノだと知った

 どうしようもなく救えぬ存在だと
 正しい判断を下す神ならば、このどうしようもない存在を切り捨てるべきなのだろう
 それこそが、最も潔い判断であり賢明な判断である

 救えぬなら、救わない
 無用な労力など必要ない

 神に心など必要なく、慈悲など与えぬ方が良い
 虚ろな希望を与えて苦しめるよりも、切捨てられた方がまだ救える

 けれど・・・

 それを理解してもなお、苦しむ人を前にして流した涙は止める事はできなかった


・・・


「くそっ・・・」

 どいつもこいつも馬鹿にしやがって。
 冷たいコンクリートを力任せに殴りつける。まともな人間が見れば、大の大人が傷だらけで道端に転がり殺気を振りまいていたら事件か何かだと思うだろう。ただ、今の自分の壊れた拳を叩きつけるほどの彼に周囲の人間を気にする余裕は無かった。

 全身が焼ける様に痛い
 目頭が燃える様に熱い
 はらわたが煮えくり返る

 ぶつけ先の見つからない怒りを持て余し、傷む所の無い身体に力を込めて立ち上がる。コンクリートに立てた爪が剥がれたが、痛みを認識することもできない。ヌラリとした感触が手の平に触れる。

「圭太!」

 お前もか。

 トトは部屋から飛び出し、わざわざ自分の惨めな姿を見に来た。
 見るなよ、こんな姿を
 臨界を越した怒りは抑制を失い、ただ目の前に居たからという理由だけで拳を向けさせる。声にならぬ怨嗟の咆哮。腕を振るい猛然と突っかかる。その様は赤い布に向かう闘牛のようだ。
 ボロボロになった身体では一歩を踏み出す事さえできやしない。

 惨めにも程がある

 崩れ落ちる身体を柔らかい何かが抱きとめた。腕。温かい腕だ。

「一人で、背負い込まないで良いんだよ」

 そっと頭を撫でられ、強く抱き締められる。

「全部、受け止めてあげるからさ・・・」

 力任せに背中を叩くが、それでも何も言わずに腕に力を込める。泣いた。泣きながら拳を打ち付ける。こんな俺でも支えてくれる人間が居る。害を為そうとしたのに、自ら傷ついているのにも関わらず。

 どうしようもない

 どうしようもない子供のようにただ、その胸の内を全てトトにぶつける。

 ・・・どれだけ続けただろう
 感情を出しつくし、ただ虚無感が残る。

「帰ろう・・・ 手当てしてあげるから、さ」

 連れられて部屋に戻ると闇の中では全く気がつかなかった、乱暴にトトの額に巻かれた白い包帯が蛍光灯に照らされて痛々しかった。
 俺の巻き添えを受けたというのに、トトは何も言わずに手当てをしてくれた。ケチン質で硬質の指先であったが、慣れた手つきで消毒液を塗りガーゼを当て包帯を巻く。上から優しくその手を乗せると薄ボンヤリとした淡い光が舞い降りた。

「大丈夫、すぐに良くなるよ。 綺麗に治るはず」

 トトはそう言って微笑んだ。
 自ら傷ついているのにも関わらず、支えてくれる人がいる。トトは人間ではなく、デビルバグと呼ばれる魔物だ。ベースとなっている素体も人類から嫌われる種族である。けれど、それでも誰よりも温かかった。

「ルビアの事は・・・ 責めないで」
「・・・」
「お願い、ルビアには私がキチンと言っておくから・・・」

 ポツリ、と小さな声で呟いた。無意識のうちにルビアの方を睨んでいたらしい。トトは許せないのは分かっているし、その要求が限りなく不可能であるのも分かっている。それでも、やはり友達を恨まれるのは見てい
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