仕事を終えた後は風呂に入る。肩まで湯船に浸かってノンビリするのは気分がよい。イルと一緒にいる時間は大切だし掛け替えの無いものだけれど、一人で休む時間というのもまた悪くないものだ。
共にある、という安心感があるからこそだろう。
「うぅー・・・ っはぁ。 良い湯だ」
イグニスの加護を受けた石を風呂の下に敷いてあり、日中の太陽のエネルギーを魔力に蓄えて風呂の熱源としている。水はネレイスが作り出した水浄化用のフィルターを循環させているため常に綺麗だ。
手の平で澄んだお湯を掬い、そのまま顔をごしごしと洗う。
イルが俺のために調合してくれた薬湯のお陰で、全身の疲れが溶けて流れ出ていくようだ。身体も内側からポカポカと温まってくる。
「でしょ?」
「わ、ちょっと!」
ひょい、とイルが風呂場に入ってきた。驚いて湯船に喉元まで沈んでしまったが、その様子を見てイルはクスクスと楽しげに笑った。大きなタオルを巻いていて隠してはいるが、一緒に入る気満々なようだ。
「あのねぇ・・・幾ら夫婦でも、一緒に入るのは恥ずかしくない?」
「でも、後で裸のお付き合いするんだから関係ないじゃん」
「イル・・・ 駄目って言っても駄目なんだろうなぁ・・・」
「ふふ、僕の事分かってきたね」
「前から知っているよ」
ひょい、と桶を取ると湯船からお湯を汲み、肩から浴びた。
彼女の滑らかな肌の上をお湯がすべり、その身を清める。立ち上る湯気は花の香気を孕み、狭い室内を柔らかく甘い香りで満たした。
「狭いから詰めてよ」
「イルは小さいから良いだろ? 俺だってキツイもん」
「あ、ディアンまた僕の事を子供扱いしたな? これでも僕は立派な大人なんだぞ」
「でも、こんなに可愛いじゃないか」
「むぅ。 頭撫でないでよぉ、ディアンのロリコン」
「おいおい、ロリコンって酷いなぁ」
一人では手を伸ばして寛げる湯船だが、小柄なイルといえども二人で入ると少々狭い。ぐい、とコチラの身体を押してちょっと強引に湯船に入った。
「タオル巻いたまま風呂に入るなよ」
「え? 脱いだ方が良かった?」
ニヤリ、と見上げて悪戯っぽく笑う。わざと押し付けてくるせいでタオル越しに伝わるイルの柔肌の触感に思わず顔を背け、はぁと溜め息を漏らす。何か言う代わりに、軽くイルの額を小突く。
大して痛くもないくせに、大げさに手で押さえ唇を尖らせた。
「アホ」
「ロリコン」
他愛無い応酬を続けたあと、ぷいっと顔を背ける。暫く無言の時間があったが、どちらともなく弾けた笑い声に変わった。相手の事を信頼しているからこそ、面と向かってふざけた事が言える。
そっとイルは俺の腕を掴み胸に抱いた。そこが自分の居場所だとでも言うように安心した表情を浮かべる。そっと手を頭に手を乗せると、今度は心地良さそうに目を閉じた。マンドラゴラが花に触れても嫌がらないのは相手の事を信頼している証である。
イルは背を俺に預けて寛ぎ、それどころか「もっと触れてよ」とでも言うように優しい香りを放ち始めた。
「イルも変わったよね」
「え?」
ポツリと思わず漏らすと、不思議そうな表情を浮かべて仰ぎ見た。
イルは自分の変化に分かっていないようだ。外から見ればこれほど分かりやすい変化はないのに、一番身近なはずの自分が分かっていない。主観的なことだから分らないのは仕方ないのだけど、なんだか可笑しくて笑ってしまうと不満気な表情を浮かべた。
「だって、最初はあんなに大人しかったじゃん。 いつだって奥手で半べそだったし
それに、アプローチだってこんなに積極的じゃなかったでしょ?」
「もう・・・ それは僕がエッチになったって言いたいの?」
ジットリとした視線を向ける。
魔物でもそういう目で見られるのは嫌らしい。もちろん、俺もそういうつもりで言った訳ではないので、そんな勘違いが可愛らしいと思ってしまう。声を上げて笑うと、口元まで湯船に沈んでブクブクと泡と共に抗議の言葉を吐き出した。
「悪かったって。 そういう意味じゃないよ」
「じゃあ。 どういう意味さ」
「なんだか、自分に自信を持てるようになたんじゃないかな と思ったのさ」
出会ったばかりのイルは自分に自信が無かった。自分自身の身体的な幼さを常に気にしていたし、物事には一生懸命取り組むけれど一線を引いている印象を受けた。誰かの幸せを祈る優しい気持ちは持っていても、自分自身が他人を幸せにする事ができないと思っているような気がした。
身体の成長は薬である程度促すことはできたし、だから、イルが積極的になれた。
そういう解釈は確かにできる。
けれど、長年薬師を続けているが、悩みを抱く人間が悩みを解決してスンナリと前向きになれるというのは極めて稀だ。もしかしたら、片手で数えるほど
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