大学に行ってからは研究に打ち込んだ。
上手くいくこともあれば、上手くいかないこともある。いや、上手くいかないことの方が圧倒的に多かった。しかし、その分やりがいもあった。積み重ねた努力が報われる瞬間は何にも代えがたいものであったし、才能のない自分であっても何かを為す事ができるのが何よりも誇らしかった。
埋まらぬ才能の壁があるのは認めよう。羨むことこそしても、決して恨むことはしまい。努力さえすれば天才でなくとも、凡才であっても報われるのだから。才能を努力で埋めるなど、胸が熱くなるではないか。
そう信じていたのに。
「三国は他人の実験データを奪って自分のものにしていた」
許せなかった。
言葉巧みに実験データを盗み出し、それをあたかも自分が実験をしたかのように使う。報告書では、まるで参考データを提供してもらったように書いていたが事実はその逆だ。重要なデータは全て他人が実験したものである。
気がついた時には既に手遅れだった。
完成し提出された報告書は取り戻せない。
どんなに努力しても関係がない。発表し世間に広めたという「一番乗り」こそ、全てなのだ。過程などどうでも良かったのだ。
大切な何かが砕けた。
結局、世の中は効率なのだ。
才能であれ、努力であれ、一番得するのは「それらを使う人間」だったのだ。そう思うと、努力するのが馬鹿馬鹿しくなってきた。幾ら努力したところで、それを誰かに掠め取られるのだ。意味が無い。
講義も途端に味気ないものになってしまったし、毎日夜遅くまで篭っていた研究室の滞在時間が減っていった。代わりに延々とゲームに興じる時間と家に居る時間が増えていた。曜日の感覚はとうの昔に抜け落ち、時間という概念は失われる。
生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。
ただ在るというだけの存在に成り代わってしまったのだ。
・・・
話を聞いても、私にはどうすることも出来なかった。
ただ抱き締めて撫でてあげることしかできない。
圭太の頭を抱き、背中を撫でる。表情は窺うことはできないが、どんな表情を浮かべているかは手に取るように分かった。身を切られる以上に辛かっただろう。こんなに辛い目にあった人間に向かって「もう一回頑張ろう」なんていえるはずがない。もう十分過ぎるほど頑張っていたのだ。
「全部・・・ 吐き出して良いよ」
幼子のように震える圭太を抱き締める腕に力を込める。
癒してあげたいけれど、傷ついた人を前にして何もできない自分が悔しかった。ならば、せめての感情を受け止めてあげよう。私にできる事は、ただそれだけだから。圭太は獣のような嗚咽を漏らした。
バンッと大きな音を立てて扉が開く。玄関の方に視線を向けるとルビアが立っていた。
ルビアは強い魔物だ。彼女には、例え圭太がどれだけ傷ついてもそれを理解できないだろう。彼女は彼女なりに必死になって圭太の事を助けようとしているのだと思う。けれど、ルビアのやり方では救えないのだ。
傷つけて、傷つくだけだ。
誰も幸福になる事なんてできやしない。
「なんだ・・・ 邪魔だよ」
進路を塞ぐように立つと、ルビアは目の前で立ち止まった。ナイフの様な鋭い眼光と殺気を纏っている。ルビアにとって、圭太は現実から眼を背けただ怠惰に過ごしているようにしか映らないのだ。
全てを努力の果てに掴み取ったルビアが悪いのではない。
世の中には努力をしたくても、できない人間もいるのだ。一人では歩くことができないから、誰かが傍にいて守ってあげないといけない。
「どけよ・・・」
低く唸ると瞳の鋭さが増し、魔力の矢で串刺しにされたかの錯覚を覚える。視覚化できるほど高濃度に圧縮された魔力がルビアの体から陽炎のように立ち上り辺りの空間を歪める。息を吸うたびに喉が焼け付くように痛くなる。
流石は元女神で現役の悪魔だけの事はある。
魔力だけで圧倒的なプレッシャーを掛けてくる。低級の魔物なら命の危険を感じて逃げ出すか、足が竦んで動けないかのどちらかだ。デビルバグである私には逃げ出したい心を押さえ込み、震える足に力を込めているのがやっとだ。
けれど
「・・・どかない」
守ると決めたから。
誰よりも、圭太のことが大好きだから。
告げた瞬間にルビアの腕が消え、何が起きたのかを理解するよりも早く意識が絶たれた。
・・・
振るった拳は正確に横顔を殴った。
トトの軽い身体は宙を舞い、そのまま棚に頭から突っ込んだ。気を失ったのかピクリとも動かない。
しかし魔力で一切の防護をしていない拳で臨戦体勢にある魔力で満たされた魔物の身体を全力で殴るなど、石を全力で殴りつけるのと同じだ。多分、指の関節がイカレタのではないかと思う。ギリッと奥歯を噛み締めて痛みを堪える
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