バレンタインデー

 僕は正教の事をよく知らない。

 ただ魔物をあまり良く思っていない人たちの集まりである事は知っている。彼らの教義によれば“魔物達は人間の生活を脅かす存在であり神に反逆する魔性の物”とかいうらしい。おかげで魔物の事を良く知らない人間は“魔物は人の血肉を喰らうもの”と誤解しているらしい。

 確かに魔物は人を襲うかもしれないけれど(僕は襲えた事ないけど・・・)、それは人が食事を取るのと同じく魔物には精が必要なのだ。それに魔物だって人を傷つける事は・・・無いわけじゃないけど・・・精を搾取する時だって、相手の寿命をすり減らさないようには注意しているはず。それに、現状として魔物と人が共存しているファフという事例がある以上、魔物=悪と決め付けるのは偏見のような気がしてならない。

 まぁ、魔物の僕が主張しても説得力がないし、ファフの司祭様みたいに適度な折り合いを持てない聖職者の方々にとって“汚らわしい魔物が何か言っている”くらいにしか思わないだろう。ここは僕が大人になって教会に対して歩み寄りの姿勢を見せ、正教に対しての僕の理解も深める事にしよう。

 さて、教会の一番有名なイベントと言えば、バレンタインデー。
 司祭様曰く、日頃の感謝を形にして相手に示し、男女の愛を誓い合うという日らしい。

 愛の大切さを説く教会を理解するには、この一番有名で愛に関わるイベントに参加するのが良いに違いない。

 うん、理論武装も完璧だ。
 これで僕はどこからどう見ても教会に興味をもった魔物にしか見えないはず!

「・・・イルちゃんは、地域の奉仕活動に参加しているから教会の事はよく知っていると思うんだけど」
「良いの!
 ねぇ、バレンタインデーって何するの?教えてよ」
「そうだねぇ、地方によっても違うから一概には言えないけど、日頃の感謝を示すのなら手紙やカードを送ったりするのが一般的かな」
「僕は文字を書けないよ・・・」

 文章はなんとかかんとか読めるようになってきたが、書ける所まで到達していない。今からずっと徹夜で書いても一週間はかかると思う。バレンタインデーという建前があるからこそのチャンスな訳で、一週間後に渡すなんて阿呆みたい。そんなのは駄目だ。

「それなら“いつもありがとう”と言ってあげるだけでも十分伝わると思うよ」
「それが、伝わらないんだよ・・・
 いつも気配りして優しくしてくれるクセに、信じられない位のお人よしのニブチンなんだ“いつもありがとう”なんて言ったら“何かしたっけ?”とか“どうした、何かあったの?”とか言ってくるに決まってるよ」
「じゃあ、代筆を頼むとか誰かに習いながら書いてみるとかはどうかな?」
「絶っ対嫌!」
 親切で提案してくれたのだろうけど随分と間抜けな提案だったので、思わず思いっきり嫌な顔を向けるとヴィンセント神父は驚いたように目を瞬かせた。

「思いの人への手紙は、最初に思いの人に読んで頂きたいですもの
 例え同性であったとしても、誰かに見られるのは嫌ですわ」

 良い案が思い浮かばず思いだけが空回りしていく感覚にたまらず足踏みをしていると、僕と神父のやりとりを聞いていた副司祭のストナがクスクスと笑いながらやってきた。

「ジパングでは、バレンタインチョコを贈る習慣があるそうですよ」
「ばれんたいんちょこ?」
「ジパングでは、バレンタインデーにチョコレートを贈るんだよ」
「孤児院の子供達にあげるのに作るつもりなのですが、一緒に作りませんか?」
「良いの?」
「えぇ、一人で作るよりもみんなで作った方が楽しいですもの」
 二つ返事で許可をもらった!

・・・


 次の日、必要な材料を買いこんで再び教会にやってきた。
「おはようございます」
 裏口から入って挨拶すると、敬虔そうな修道女が“おはようございます”と返してくれた。表口から入らないのは、一応、教会の教義として“嗜好品は禁止”というものがあるからだ。ダークプリーストを副司祭に据えているくらいなので、実際は名ばかりの教義にはなっているけど念のためと言うやつだ。
 それにチョコレートを作っている事をお祈りに来た人に知られてしまうとあげなくちゃいけなくなるというのもある。
「えっと・・・ストナ様はどこにいらっしゃいますか?」
 ストナに裏口から入っておいでと言われたので、裏口にやってきたのだけれどその後の事は聞くのを忘れていた。とりあえず、ストナに取り次いでもらおうと近くにいた修道女に尋ねてみると、修道女はストナの所に連れて行ってくれると申し出てくれた。良い人だ。
「ストナ様、可愛らしいマンドラゴラの少女が来ましたよ」
 連れられてたどり着いた場所は教会の台所だ。
 教会は孤児院が併設されており、孤児達の食事は教会で作られているので台所は広い。調度ストナは棚から道具
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