緑の山の木々に蕾が付き始める季節。イルの成長も一段落ついた(小柄なのは遺伝的な問題だったらしく、相変わらず14,5歳程度にしか見えない)。本人も大分満足しているようなので治療は終わっても良いのだけれど、しばらくは稀に出る副作用と微調整がある。もし現段階で襲いたい相手がいなければ正式に薬師見習いとして手に職をつけないか、と勧めてみると良い返事が返ってきた。
「あ」
薬品棚を覗いて、常備していた風邪薬のストックがないという事に気が付く。一瓶あるので今月はもつとは思うが、よく出す薬だし、気が付いたのだから早目に補充しておきたい。
(困ったな・・・)
しかし、午前中は診療が入っているし、午後からは贔屓にしている行商のゴブリンが来るので空ける訳にはいかない。それ以降に山に入るのは命とは別の意味で危険だし、今日中に帰ってくるのは不可能だろう。
(イルにお使いでも頼むか・・・)
しばらく考えて、一番妥当な結論を導き出す。
マンドラゴラが植物系の魔物であるためなのか、薬草の目利きはしっかりできるし、薬草の性質も熟知している。欲しい薬草が生えている所はあまり危ない場所はないし、イル自身が魔物であるため魔物に襲われる危険というのもないだろう。
一人で行かせるのは少々不安があるが、何事も経験だ。
「イル、ちょっと来て」
「呼んだ?」
呼ぶとヒョッコリとマンドラゴラの少女が、調剤室に姿を現した。
「薬草を採ってきて欲しいんだけど、お使い頼める?」
「うん、分かった」
二つ返事でイルは答えてくれる。一年程前、弟子がいた時はブツブツと文句を言われたなぁ、と少しだけ懐かしい気分になる。
「・・・」
「どうしたの、ディアン?」
採取に必要な道具が一式入った鞄と不足している薬草をリストアップしたメモを手渡そうとしたまま固まったのを見て、イルは首を傾いだ。もちろん、手が止まったのは昔を懐かしんでいたからではなく、ちょっとだけ引っ掛かる部分があったからだ。
「なんかイルの顔が火照っている感じがするけど?」
「走ってきたからかな?」
条件反射的に体温を比べるため額に触れようと手を伸ばすと、ヒョイと身を引いて、全然調子は悪くないもん、と主張した。
確かに病人独特の気だるそうな雰囲気も持っていないし、イルも体調管理はできる。走ってやってきたからかもしれない。
「それなら良いや、でも安全第一で変だと思ったら無理しないで
あと、午後からメアンが来るから、お昼前には戻っておいで」
「分かってるよ」
ニコリと笑顔を見せ、階段を上って上着を取ると、意気揚々と出かけていった。
一応、成体になったイルの今の状態は人で言う思春期だし、薬を使って成長を再開させた分、心と身体に時間的な差異もある。イルの方も俺から微妙に距離を置こうとしている節がある。
(条件反射で熱を計ろうとしたのは、まずかったかもしれないな)
独身で健全な男子と思春期の魔物がひとつ屋根の下で暮らす事に抵抗を感じるのは当然の事だし、触れられるのは気になるだろう。むしろ、全く意識していなかったとしたら、イルの将来に不安を感じずにはいられない。最近は部屋に鍵を付けたいと申し出るようになったし、最初は交代で洗っていた洗濯物を“下着を洗われるのが恥ずかしい”という理由で洗濯はイルの担当になった(診療の時は平気で下着姿になるかは不明)。
町に出る時は一緒に誘わなくても当然の様にくっついてくるので嫌われてはいないようだけど、イルが俺のシャツを洗う前に匂いを嗅いで確認していたのを見てしまった時は少しだけへこんだ。
「と、いけない」
時計を見れば診療開始の五分前だ。いつまでも傷心している時間はない。
気持ちを切り替え、手早く机の薬品達を片付ける。診療中の看板を出して、患者を受け入れるために玄関を開けると、既に数名の患者が玄関先で待っていた。
彼らを待合室に招き入れ、順々に診察室に来るように伝える。
・・・
「ディアン、今日はイルちゃんいないのかい?」
診察室に入ると、女好きの両替商のグレンはイルが受付にいない事が不満だったらしく、俺に向かって文句を吐いてきた。
「ちょっと薬草を採りに行ってもらっている
お前も元気なら仕事しろ、ここは健康な奴が来る場所じゃないぞ?」
「おいおい薬師が患者に冷たい事言うなよ、俺だって調子が悪くて来ているんだぜ」
以前は滅多に診療所にやってこなかったくせに、イルが下宿するようになってから包丁で指先を切った程度の怪我でも診療所にやってくるようになった奴が何を言うか。
「それなら少しは患者らしくしてくれ。この前、イルの事を待合室で口説いていたろう。
一応、あれで下宿代と診療代という事にしているんだ。あんまり邪魔するな」
いつもよりも歩き方が鈍いので、
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