「ヒュロスお姉ちゃ〜〜〜ん!」
読書をしていたらトテトテという擬音が似合う走り方で、泣きながら少女が走り寄ってきた。またか、小さく溜め息をついて本を傍らに置き彼女を受け入れるために両手を広げる。彼女は躊躇いも無く腕の中に飛び込むと胸に顔を埋めて声を上げて泣き始めた。
「今日は誰?」
「ラージマウス・・・」
昨日はホーネット、一昨日はハニービー、その前はハーピー、ブラックハーピー、更にその前は通りすがりのロリコン、そしてベルゼブブ・・・よくもまぁ、日替わりで飽きもせずに悪戯されるものだ。しかも、全員「可愛かったから」という滅茶苦茶な犯行理由らしい。怪我をさせられるようなことこそないが、この子にとっては深刻な問題なようだ。
グスン、と鼻を啜り上げて丸みを帯びた特徴的な紫色の瞳を向けた。
まぁ、犯人達の犯行動機も分からんでもない。
薄い緑色の肌の中に僅かに赤みを帯びた頬。思わず近くで楽しみたくなってしまうような心地良い香りと花。ちょっとだけ困らせてみたくなる弱気そうな表情と保護欲を掻き立てて抱き締めたくなるような仕草。
彼女は人間ではない。マンドラゴラという種族の魔物だ。
「リディア・・・それで、何されたの?」
「えっと、タックに・・・何か食べるもの頂戴って言われて・・・ でも、私・・・その時、何にも持ってなかったから、今は持ってないから後でも良い?って訊いたの。 そしたら・・・ タックちゃん、リディアはいつも美味しい物を持っているよって言って・・・」
いつものパターンか・・・
頭の花に顔を突っ込まれて、そのまま蜜を舐めとられたのだろう。今すぐにでも私のリディアの蜜を勝手に舐めたタックの事をボコボコにして張り倒してやりたい。
もっとも現実問題としてアルラウネである私は移動速度が遅くて、とてもではないがラージマウスの逃げ足についていけないという問題がある。
あぁ、憎らしい。 あの泥棒魔物達め・・・
私もリディアに駆け寄って抱きつき押し倒してキスをしながら、リディアの花の蜜を掬い取って二人で共有しながら甘い一時を過ごしたいのに。
「ヒュロスお姉ちゃん・・・ お姉ちゃんだけだよ・・・ 私の事、悪戯しないの」
不安気に大きな瞳で上目遣い見上げて名前を呼んだ。
ウルウルと子犬のような瞳で構ってオーラを全開にしているリディア。これになびかない魔物がいようか。考えても見て欲しい。わざわざ苛められたと言って逐一報告に来て腕の中に飛び込んで助けを求めてくるのだ。グスグスと鼻をすすっている子の頭をそっと撫でてやると、少し安心したのか段々と腕の中で泣き声は小さくなり、やがて腕の中で嬉しそうな微笑みを浮かべるのだ。
しかも、それが他でもない自分だけに見せてくれる極上の笑み。自分に全幅の信頼を寄せてくれるが故の行動。あぁんもう最高! 私だけのリディアちゃん! 可愛い可愛いリディアちゃん!
「お姉ちゃん ・・・大丈夫?」
「あ、ううん、大丈夫。 なに? 心配しないで! 私はいつだってアナタの味方よ。 だからリディアはドーンと私に任せてくれれば良いの!」
「そ・・・ そう? お姉ちゃん・・・ 鼻血出てるけど・・・」
私の事まで心配してくれるなんて!!!
ギュウ、と思わず力一杯抱き締めてしまう。
・・・
「とりあえず、身体を洗うことにしましょう」
乱暴に押し倒されたのでリディアの身体には少し泥がついている。大して汚れていないにしても女の子である以上、やはり身辺には人一倍気を使って欲しい。折角こんなに可愛いのだ、その柔肌を砂なんかで傷つけては勿体無い。
そう提案するとリディアは素直にそれに従った。
水辺は近くにあるので、そこで洗い落としてあげよう。私はアルラウネであり、下半身は大きな花に覆われているために移動がかなり苦手だ。這うように移動するのだがリディア一人で行った方が遥かに早い。
けれど、リディアはそんな事はせずに私の速度に合わせて隣をゆっくりと歩いている。
「だって、お姉ちゃんと一緒に居ると楽しいもん」
何の打算もない無垢な笑みを浮かべて応えた。
思わず心臓を鷲
amp;#25681;みにされたように息ができなくなる。むしろ今すぐに殺して。ここで殺されたら多分、これ以上ない程安らかな寝顔だろう。もしかしたら世界一幸せな死相として認定されるかもしれない。
あぁ、でも私が死んだらリディアは泣いてしまうだろう。泣き顔も可愛いのだが、やはり、泣いている姿を見るなら感涙が良い。私が泣かせる原因となるなんてナンセンスにも程がある。私はリディアよりも先に死んではいけない。絶対にだ!
なんて素直で良い子に育ったのだろう。
本当に可愛い・・・ 可愛すぎて死んでしまいそう・・・
抱き締めて頬擦りをする
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